『熊金家のひとり娘』(まさきとしか)_生きるか死ぬか。嫌な男に抱かれるか。

『熊金家のひとり娘』まさき としか 幻冬舎文庫 2019年4月10日初版

北の小さな島で、代々娘一人を産み継ぐ祈祷の家系に育った熊金一子は、神と畏れられる祖母と 「血」 から逃れるため島を出る。やがて大人になり、男の子の母親になることを願う一子が産んだのは - やはり女だった。明生と名付け息子のように育て愛そうとするが、ある日明生が失踪。一子は 「バチが当たった」 と怯えていた。母娘の愛を問うミステリ。(幻冬舎文庫)

毒母。
母による同性間ならではの娘への束縛や虐待
分身としての過度な私物化やコントロール、夫婦間の不満や愚痴のはけ口としての利用などを受けるも、娘は母性神話によって母親を悪者に出来ず、又は気付かずに苦しみ自身の人生を生きられなくなるとされる。支配型の毒母の場合、娘の世話を熱心にみることから、周囲からは愛情深い母親の行為として見られたり、母親の愛を得んがために、その期待に沿って猛進するため、社会的には成功する場合もあり、そのため周囲に苦しみを理解されない娘の苦悩はより深い。母を負担に感じる娘の場合、摂食障害や鬱といった精神的症状が表れる事例が多いと言われている。(wikipediaより)

母と娘という関係にだけ起きるこのような現象を思う時、わたしは、子宮を媒介につながる女の入れ子状態を頭に思い浮かべてしまう。自分は母の子宮の中にいて、母もまた母親の子宮の中にいて・・・・・・・遠い遠い昔にまでつながっていく子宮のマトリョーシカ。なんとなくユーモラスに受け取ってしまうのだけれど、それはわたしが十三歳で母を失っていて、墓守娘的な経験も記憶も持たないからなのだろう。自分の母親を毒母と思わざるをえない人にとって、子宮のマトリョーシカはおぞましい悪夢なのかもしれない。そんな人が、まさきとしかの 『熊金家のひとり娘』 を読んだら、どんな感想を抱くだろうか。(解説にある冒頭の文章 by豊﨑由美)

もしも私が(男ではなく女に生まれ)、 一子に似た境遇だったとしたらどうだろう? 生まれた時に、既に進むべき人生が決まっていたとしたら。そして、それが自分にとって最も忌み嫌うものであったとしたら、何を思うのだろう。誰を、恨むのだろうか。

もうすぐ私は、知らない男の前で足をひらくだろう。
男の皮膚はべたつき、魚と汗の匂いがするだろう。濁った息、黄ばんだ歯、汚れた指。恐ろしいことほど執拗に想像してしまう。

でも、最近、もっと恐ろしいことに気づいてしまった。それが知っている人だったら、ということだ。もし、百合ちゃんのお父さんだったら。澤村くんのお父さんだったら。いや、澤村くん自身だったら。学校の先生や駐在さんだったら。彼らは、私を知らないひとと見なし、平気な顔で足をひらかせるのだろうか。
どうしよう、中学三年生になってしまった。(本文より)

「熊金の家は、昔から子供は女の子ひとりと決まってんだよ。ひとりの女の子、だからおまえは一子だ」 祖母は、そう言ったのでした。

物語は、北海道の小さな島から始まります。島にある熊金家は先祖代々、祈祷を生業にしています。子供を産める身体になれば、島の男の誰かと交わり、女の子をひとり産んで跡を継がせる。祈祷の家系を守る熊金家は島民に蔑まれ、ただ貧しいだけの家でした。

一子は祖母と二人で暮らしています。母はいません。家を嫌い、一子を残して島を出たのでした。その母は、白い骨となって島へ戻って来ます。

近ごろ一子は、初潮を迎えることを何より恐れています。

この本を読んでみてください係数 80/100

◆まさき としか
1965年東京都生まれ。北海道札幌市育ち。

作品 「夜の空の星の」「完璧な母親」「いちばん悲しい」「途上なやつら」「きわこのこと」「ゆりかごに聞く」「屑の結晶」他

関連記事

『コンテクスト・オブ・ザ・デッド』(羽田圭介)_書評という名の読書感想文

『コンテクスト・オブ・ザ・デッド』羽田 圭介 講談社文庫 2018年11月15日第一刷

記事を読む

『きみは誤解している』(佐藤正午)_書評という名の読書感想文

『きみは誤解している』佐藤 正午 小学館文庫 2012年3月11日初版 出会いと別れ、切ない人生に

記事を読む

『しろいろの街の、その骨の体温の』(村田沙耶香)_書評という名の読書感想文

『しろいろの街の、その骨の体温の』村田 沙耶香 朝日文庫 2015年7月30日第一刷 クラスでは目

記事を読む

『クロコダイル・ティアーズ 』(雫井脩介)_書評という名の読書感想文

『クロコダイル・ティアーズ 』雫井 脩介 文春文庫 2025年8月10日 第1刷 息子を殺し

記事を読む

『フェルメールの憂鬱 大絵画展』(望月諒子)_書評という名の読書感想文

『フェルメールの憂鬱 大絵画展』望月 諒子 光文社文庫 2018年11月20日初版1刷

記事を読む

『漁港の肉子ちゃん』(西加奈子)_書評という名の読書感想文

『漁港の肉子ちゃん』西 加奈子 幻冬舎文庫 2014年4月10日初版 男にだまされた母・肉子ちゃん

記事を読む

『たった、それだけ』(宮下奈都)_書評という名の読書感想文

『たった、それだけ』宮下 奈都 双葉文庫 2017年1月15日第一刷 「逃げ切って」。贈賄の罪が発

記事を読む

『今夜は眠れない』(宮部みゆき)_書評という名の読書感想文

『今夜は眠れない』宮部 みゆき 角川文庫 2022年10月30日57版発行 "放浪

記事を読む

『満月と近鉄』(前野ひろみち)_書評という名の読書感想文

『満月と近鉄』前野 ひろみち 角川文庫 2020年5月25日初版 小説家を志して実

記事を読む

『イヤミス短篇集』(真梨幸子)_書評という名の読書感想文

『イヤミス短篇集』真梨 幸子 講談社文庫 2016年11月15日第一刷 小学生の頃のクラスメイトか

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『八月の母』(早見和真)_書評という名の読書感想文

『八月の母』早見 和真 角川文庫 2025年6月25日 初版発行

『おまえレベルの話はしてない』(芦沢央)_書評という名の読書感想文

『おまえレベルの話はしてない』芦沢 央 河出書房新社 2025年9月

『絶縁病棟』(垣谷美雨)_書評という名の読書感想文

『絶縁病棟』垣谷 美雨 小学館文庫 2025年10月11日 初版第1

『木挽町のあだ討ち』(永井紗耶子)_書評という名の読書感想文

『木挽町のあだ討ち』永井 紗耶子 新潮文庫 2025年10月1日 発

『帰れない探偵』(柴崎友香)_書評という名の読書感想文

『帰れない探偵』柴崎 友香 講談社 2025年8月26日 第4刷発行

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑