『ある女の証明』(まさきとしか)_まさきとしかのこれが読みたかった!

公開日: : 最終更新日:2024/01/09 『ある女の証明』(まさきとしか), まさきとしか, 作家別(ま行), 書評(あ行)

『ある女の証明』まさき としか 幻冬舎文庫 2019年10月10日初版

主婦の小浜芳美は、新宿でかつての同級生、一柳貴和子に再会する。中学時代、憧れの男子を奪われた芳美だったが、今は不幸そうな彼女を前に自分の勝利を噛み締めずにはいられない。しかし - 。二十年後、ふと盗み見た夫の携帯に貴和子の写真が・・・・・・・。「全部私にちょうだいよ」。あの頃、そう言った女の顔が蘇り、芳美は恐怖と怒りに震える。「きわこのこと」 改題。(幻冬舎文庫)

目次
第一章 2015年2月 衝突事故男性の死因窒息死と判明
第二章 2013年1月 「超熟女専門売春クラブ摘発
第三章 2012年7月 他人のベランダで暮らす男逮捕
第四章 2010年7月 パトカー追跡中電柱に衝突 女性重体
第五章 2009年2月 母親に強い恨みか 殺人容疑で長男逮捕
終章

要点はこうです。
五つの三面記事で報じられる事故や事件は、多少読者の目に留まるものであっても、深く人々の記憶に刻まれるほどのインパクトはありません。けれど、第一章の昇だけでなく、五十三歳になろうという小浜芳美が、摘発された 「超熟女専門売春クラブ」 で働くことになるまでの経緯を、その別れた夫であり、かつては誰もが知る保険会社の部長代理まで務めた布施則男が、無職となり 「他人のベランダで暮らす」 ことになった理由を、ふたりの幼い子を持つ平凡な主婦であったはずの小見山香織が 「パトカーに追跡され電柱に衝突」 する事態を引き起こすまでを、そして大学生の山田航太が 「母親を刺し殺し逮捕」 された背景を、作家であるまさきとしかさんは、丁寧に描いていく。いくつもの証言から貴和子の姿を浮かび上がらせる、というだけでなく、わずか数行で伝えられ、すぐに忘れ去られかねなかった彼らの人生を、生々しく、人間臭く立ち上がらせていくのです。

おそらく、女性ふたりの白骨化した遺体が発見されたという最後の記事の意味を知りたくて、これから再読してみよう、と考えている人も少なくないでしょう。主に三章と五章を読み返せば、きっと自分なりの答えは見つかるはず。
けれど、その謎を解いたと思った瞬間、貴和子の謎はまたひとつ深まる。
(藤田香織/解説より)

赤信号で停まっているとき、いま西南西を向いていないだろうか、と思い当たる。昇は助手席のレジ袋に手を伸ばした。朝食を食べていないため空腹だった。
次の信号を曲がれば、西南西ではなくなってしまう。急がなければ。
不動産会社の隣のコンビニに貼ってあったポスターを思い出す。こんな恥ずかしいことは多恵の前ではできない。
自分の願いごとはなんだろう。言葉に置き換えることはできないが、心の芯でわかっている気がした。
信号が青になった。アクセルを踏みながら西南西に向かって、昇は恵方巻きにかぶりつく。(第一章 「2015年2月 衝突事故男性の死因 「窒息死」 と判明」 より)

よりにもよって 「窒息死」 が運転中にかぶりついた恵方巻きのせいだとは・・・・。滑稽さと併せ、如何にも悲哀を感じる昇の人生の結末に、人は何を思うのでしょう。

少なくとも私は笑えません。彼の、その結末に至る経緯を既に知っているからです。知ると、昇にとってそれはむしろ僥倖ではなかったかとさえ思えてきます。年甲斐もなく浮き立つ昇の気持ちは断ち難く、おそらく彼は、運良く “死ねた” のだろうと。

そんなことはどこにも書かれていません。70歳を超えた昇は、娘のような年齢の、何処の誰とも知れぬ多恵という女と所帯を持とうとしていました。「きわこのこと」 は、最初、昇の忘れがたい記憶として語られます。そこから、この物語は始まっていきます。

この本を読んでみてください係数 85/100

◆まさき としか
1965年東京都生まれ。北海道札幌市育ち。

作品 「夜の空の星の」「完璧な母親」「いちばん悲しい」「途上なやつら」「熊金家のひとり娘」「ゆりかごに聞く」「屑の結晶」他

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