『つけびの村』(高橋ユキ)_最近話題の一冊NO.1

公開日: : 最終更新日:2024/01/09 『つけびの村』(高橋ユキ), 作家別(た行), 書評(た行), 高橋ユキ

『つけびの村』高橋 ユキ 晶文社 2019年10月30日4刷

つけびして 煙り喜ぶ 田舎者 - 2013年の夏、わずか12人が暮らす山口県の集落で、一夜にして5人の村人が殺害された。犯人の家に貼られた川柳は 〈戦慄の犯行予告〉 として世間を騒がせたが・・・・・・・それらはすべて 〈うわさ話〉 に過ぎなかった。気鋭のノンフィクションライターが、ネットとマスコミによって拡散された 〈うわさ話〉 を一歩ずつ、ひとつずつ地道に足でつぶし、閉ざされた村をゆく。〈山口連続殺人放火事件の真相解明に挑んだ新世代調査ノンフィクション に、震えが止まらない! (晶文社)

事件の概要はこうです。
山口県周南市金峰 (みたけ) で21日夜、全焼した民家2軒から3人の遺体が見つかり、翌22日に別の民家2軒から新たに2人の遺体が見つかった事件で、火災現場で見つかった3人はいずれも頭部に外傷があり、ほぼ出火と同じ時刻ごろまでに死亡していたことが、司法解剖の結果わかった。県警は、3人が殺された後、放火されたとみている。
県警は22日、5人が殺害された連続殺人・放火事件と断定し、周南署に捜査本部を設けた

県警は同じ集落に住む男 (63) が何らかの事情を知っているとみて、自宅を殺人と非現住建造物等放火の疑いで捜索した。男は行方が分からなくなっている。(中略)
全焼した山本さん方の隣の民家には つけびして 煙り喜ぶ 田舎者 と、放火をほのめかすような貼り紙があった。(朝日新聞 2013年7月23日)

テレビに映る玄関前の、あのうらぶれた様子が今も目に焼き付いて離れないのは、私が根っからの田舎者だからだと思います。街の人にはわからない。今でこそなくなりましたが、集落には一軒や二軒は必ずあるような、田舎ならではのものでした。

置かれている物のほとんどは無駄なものに違いありません。薄気味悪く、人を遠ざけているような気配を漂わせ、それでなくても雑然とした佇まいを尚一層近寄り難くしています。

統一感のまるでない幾つかのオブジェのような代物は、彼の、何を誇示するためのものだったのでしょう。首から上のない剥き出しのマネキンは、何かの “脅し” に有用とでも思ったのでしょうか。先祖代々の墓をわざわざ鉄パイプの柵で囲ったのは、村民に対するせめてもの抵抗と、己の出自への僅かばかりの矜持だったのでしょうか。

荒れた土地には、かつて多くの家がありました。貧しくとも、豊かな暮らしがありました。しかし、豊かさが過ぎるとそれはすぐに妬みや嫉み、恨みに取って代わります。噂が噂を呼び、いつの間にやらそれが真実となり、謂れのない “いじめ” を受けることにもなり兼ねません。

何という矮小。何という世間の狭さなことか。誰もが、誰かの “うわさ” を言い合って暮らす毎日に。しかもその村では “うわさ” の大半が人の “悪口” だったとしたら。その上、彼が 「妄想性障害」 を患っていたとしたら。生まれ育った集落に、彼はいかばかりか住みづらかったろうと。

※これは小説ではありません。2013年7月21日に発生した 〈山口連続殺人放火事件〉の犯人・保見光成のその後を追うことで、親の介護のために東京から数十年ぶりに実家に戻った彼が、山奥の寒村で何を為そうとし、結果、何を為し得なかったのか。

その時、村民は彼をどのように扱ったのか。彼は何を思い、その後の彼の、何を変えてしまったのか。故郷の村で人生を再スタートさせた彼が、なぜ残虐かつ凄惨な殺人を犯すことになったのか。ネットやマスコミの報道だけでは知ることのない、保見光成という一人の人間の 〈真実〉 に迫ったルポルタージュです。

保見光成は、逮捕後一旦は罪を認めたのですが、その後供述を翻し全面的に犯行を否定しています。繰り返し証拠の誤謬を訴え、自分は貶められたのだと主張しています。

著者は、彼のその主張についてをとやかく言いたいのではありません。ネットやマスコミが競って報じた事件の猟奇性や、保見光成というごく普通の人間が5人もの隣人を殺害するに至った事実の裏にある、山奥の限界集落の、いかにも狭い世間付き合いの “声なき声” を暴きたかったのだと思います。

この村では誰もが、誰かの秘密を知っている。

2013年7月、山口県の限界集落で起こった5人の殺害・2軒の放火、消えた男の 「つけび」 貼り紙が騒動を加速させるなか、残されたICレコーダーには - うわさ話ばっかし、うわさ話ばっかし・・・・・・・ただ悪口しかない - これは村八分の告発か?
死んだ愛犬、燃やされた草刈機。〈うわさ話 は増殖し、ついには世間を覆いつくす。でも、知りたいのは本当のことだ。筆者はひとり、村を目指した。(晶文社)

この本を読んでみてください係数 85/100

◆高橋 ユキ
1974年福岡県生まれ。傍聴ライター。

作品 「木嶋佳苗 危険な愛の奥義」「暴走老人・犯罪劇場」など

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