『ファーストラヴ』(島本理生)_彼女はなぜ、そうしなければならなかったのか。

公開日: : 最終更新日:2024/01/08 『ファーストラヴ』(島本理生), 作家別(さ行), 島本理生, 書評(は行)

『ファーストラヴ』島本 理生 文春文庫 2020年2月10日第1刷

第159回直木賞受賞作、島本理生の 『ファーストラヴ』 を読みました。

おそらくは、こんなにも哀しい “初恋” の話を読んだのは初めてだと思います。とはいえ、環菜ほどではないにせよ、似た経験がある人は案外いるのではないかと。本人にその自覚があるかどうかはわかりません。だからこそ、哀しいのだと。

ある夏の日の夕方、多摩川沿いを血まみれで歩いていた女子大生・聖山環菜が逮捕された。就職試験を終えたその足で父親の勤務先である美術学校に立ち寄り、女子トイレにて刺殺したのだ。テレビ局のアナウンサーを目指していたという環菜の美しいルックスも相まって、この事件はマスコミでも大々的に取り上げられてしまう。

臨床心理士の真壁由紀は、事件を題材としたノンフィクション本の依頼を受け、環菜やその周辺人物たちと面会を重ねていく。その過程で明らかになる、「動機は自分でも分からないから見つけてほしい」 と語る環菜が通過してきた数々の景色たち。彼女が “初恋” と語る時間、画家である父親のデッサン会と名付けられた空間、出自を巡る両親との対話、親友と過ごした学生時代・・・・・・・様々なシーンについて語られるたび、環菜が自分自身でも把握できていなかった心の形が、事件が発生するまでの感情の軌跡が再構築されていく。

以上がこの物語の核となる部分。「動機は自分でも分からないから見つけてほしい」 と語る環菜は、どんな日々を生きてきたのでしょう? 何を支えに生きてきたのでしょう? 彼女が思う彼女のあるべき姿とは、本当に彼女自身が願ったことだったのでしょうか?

(一部略) そして、事件の全容を追うだけでもじゅうぶん読み応えがあるのだが、環菜の過去が明かされていく道程に並走するように、主人公である由紀の人生も紐解かれていくところが頁を捲る手を加速させる。環菜の国選弁護士である迦葉との胸に秘めた出来事、それに連なる現在の夫との出会い、母親から聞いた父親の知られざる姿、自分を縛り続けていたある目線 - 動機がわからないと吐露する環菜に寄り添うことによって、由紀自身も、これまで自分の人生を突き動かしてきたものに向き合っていくのだ。

わかるのは、環菜も由紀も、実は囚われているものの正体は同じではないかということ。誰しもにその可能性はあり、大なり小なり誰もがそのことに甘んじている。見て見ぬふりをする。次第に慣らされて、そのうち抜け出せなくなってしまう。逆らうことをしなくなる。

終盤、法廷で自身にとっての真実を語る環菜の言葉に触れた私たち読者は、事件の全容を知るだけでなく、私たちがこれまで見てきた景色にも思いを馳せることになるだろう。あのとき、あの人の内側では思いもよらぬ爆発が起こっていたかもしれない。あのとき、本当は自分はものすごく傷ついていたのかもしれない。読後、由紀と環菜の今後を祈るとともに、自分が浴びてきたもの、人に浴びせてきたものについて振り返るはずだ。(太字は全て朝井リョウ氏の解説より抜粋)

この本を読んでみてください係数 85/100

◆島本 理生
1983年東京都板橋区生まれ。
立教大学文学部中退。

作品 「シルエット」「リトル・バイ・リトル」「生まれる森」「一千一秒の日々」「大きな熊が来る前に、おやすみ。」「あなたの呼吸が止まるまで」「夏の裁断」他多数

関連記事

『平成くん、さようなら』(古市憲寿)_書評という名の読書感想文 

『平成くん、さようなら』古市 憲寿 文春文庫 2021年5月10日第1刷 安楽死が

記事を読む

『ペインレス あなたの愛を殺して 下』(天童荒太)_書評という名の読書感想文

『ペインレス あなたの愛を殺して 下』天童 荒太 新潮文庫 2021年3月1日発行

記事を読む

『深い河/ディープ・リバー 新装版』(遠藤周作)_書評という名の読書感想文

『深い河/ディープ・リバー 新装版』遠藤 周作 講談社文庫 2021年5月14日第1刷

記事を読む

『ぼくがきみを殺すまで』(あさのあつこ)_書評という名の読書感想文

『ぼくがきみを殺すまで』あさの あつこ 朝日文庫 2021年3月30日第1刷 ベル

記事を読む

『寝ても覚めても』(柴崎友香)_書評という名の読書感想文

『寝ても覚めても』柴崎 友香 河出文庫 2014年5月20日初版 謎の男・麦(ばく)に出会いたちま

記事を読む

『密やかな結晶 新装版』(小川洋子)_書評という名の読書感想文

『密やかな結晶 新装版』小川 洋子 講談社文庫 2020年12月15日第1刷 記憶

記事を読む

『ブルーもしくはブルー』(山本文緒)_書評という名の読書感想文

『ブルーもしくはブルー』山本 文緒 角川文庫 2021年5月25日改版初版発行 【

記事を読む

『ハンチバック』(市川沙央)_書評という名の読書感想文

『ハンチバック』市川 沙央 文藝春秋 2023年7月25日第5刷発行 【第169回

記事を読む

『犯罪調書』(井上ひさし)_書評という名の読書感想文

『犯罪調書』井上 ひさし 中公文庫 2020年9月25日初版 白い下半身を剥き出し

記事を読む

『八月の青い蝶』(周防柳)_書評という名の読書感想文

『八月の青い蝶』周防 柳 集英社文庫 2016年5月25日第一刷 急性骨髄性白血病で自宅療養するこ

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『マッチング』(内田英治)_書評という名の読書感想文

『マッチング』内田 英治 角川ホラー文庫 2024年2月20日 3版

『僕の神様』(芦沢央)_書評という名の読書感想文

『僕の神様』芦沢 央 角川文庫 2024年2月25日 初版発行

『存在のすべてを』(塩田武士)_書評という名の読書感想文

『存在のすべてを』塩田 武士 朝日新聞出版 2024年2月15日第5

『我が産声を聞きに』(白石一文)_書評という名の読書感想文

『我が産声を聞きに』白石 一文 講談社文庫 2024年2月15日 第

『朱色の化身』(塩田武士)_書評という名の読書感想文

『朱色の化身』塩田 武士 講談社文庫 2024年2月15日第1刷発行

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑