『アニーの冷たい朝』(黒川博行)_黒川最初期の作品。猟奇を味わう。
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最終更新日:2024/01/08
『アニーの冷たい朝』(黒川博行), 作家別(か行), 書評(あ行), 黒川博行
『アニーの冷たい朝』黒川 博行 角川文庫 2020年4月25日初版
大阪府豊中市で宅配業者を装った男に若い女性が殺された。遺体はセーラー服に着替えさせられ、奇抜な化粧を施されていた。事件は女性遺体が次々と発見される連続殺人事件へと発展する。被害者の足取りを追う大阪府警捜査一課の刑事・谷井は、女性の恋心を弄び法外な値段で宝石を売りつける詐欺師の男にたどり着くが・・・・・・・。黒川作品史上、最も猟奇的な殺人犯の姿とは? 追い詰める刑事の執念と戦慄の真相に震える傑作サスペンス。(角川文庫)
しゃれたタイトルである。直木賞を受賞した 『破門』 をはじめとして、ベストセラーになった 『後妻業』、近作の 『桃源』 など、黒川作品のタイトルは素っ気ないものが多い。しかし 『アニーの冷たい朝』 というタイトルにはロマンチックな響きがある。アニーという欧米の女性の名前が醸し出す甘さと、冷たい朝という硬質の響き。しかし読み終えると、そのタイトルがぞっとするものに思えてくる。
物語は正体不明のある人物の一人称で始まる。その人物は若い女性の行動をうかがい凶悪な犯行に及ぶ。状況を観察し、行動を起こすその様子はきわめて冷静だ。だが女性を本名とは無関係の 「アニー」 という名前で呼ぶなど、何かがずれている。うっすらと漂う狂気の匂い。その一方でふわふわとした夢のなかのようでもある。私たちが読んでいるのは、一線を越えてあちら側にいってしまった犯罪者の頭のなかだ。現実味が薄れて当然なのである。
場面は変わり、女性は死体になってしまっている。セーラー服を身につけ、テニスシューズを履き、頭髪以外の全身の毛を剃ったうえに濃いファンデーションを塗られ、派手な化粧を施されるという奇妙な姿で。(解説より)
[最初の被害者、川瀬深雪の場合]
- 実際、被害者の状態は尋常ではなかった。細めの眉に濃い眉墨をひき、眼には赤のアイシャドーと青のマスカラ、頬紅、ローズレッドの口紅、とストリップの舞台にでも立ちそうな派手な化粧だった。ファウンデーションが濃いせいもあって肌の青白さは感じられず、死顔という印象はあまりない。肩のあたりまである長い髪はきれいに櫛が入れられていた。服装は、襟に二本の白線の入った紺色のセーターの上着に同色のプリーツスカート、胸にあずき色のリボンを結んでいる。スリップは白、白無地の綿ソックスに白のテニスシューズ。- 川瀬深雪はそんな装いで、南側ベランダに面した和室六畳間の真中に横たわっていた。仰向き、まっすぐに伸ばした足をきちんと揃え、両手を脇に添えて、気をつけをしたような姿勢だった。
写真撮影のあと、検視官は衣服を脱がせた。白のブラジャーと白の綿ショーツをとったとき、居合わせた捜査員は息をのんだ。死体の乳頭部にはニップレステープが貼られ、その上にファウンデーションが塗られている。外陰部には一本の陰毛もなく、剃りあとを隠すように、ここにも厚くファウンデーションが塗られていた。そのとき初めて、谷井は被害者の腕や足、腋下など、全身の体毛が余すところなく、きれいに剃られていることに気づいた。
川瀬深雪はマネキン人形と化していた - 。(本文より/P7.8)
川瀬深雪は21歳。彼女は豊中市蛍池の府立病院に勤務する看護師でした。このあと、彼女とよく似た状況で、第2、第3の事件が起こります。被害者はいずれも若い女性。あとになってわかるのですが、生きていた頃の彼女らは、よくよく見ると、どこか似たような顔立ちをしています。
※この小説は今から約30年前の1990年10月30日、講談社より (創業30周年記念として)刊行された黒川博行最初期の頃の作品のひとつです。知ってる人は知っている。黒川ファンなら見過ごせない一冊です。ついでに言うと、同じく初期の作品 『切断』 も併せて読むと尚よろしいかと。
この本を読んでみてください係数 85/100
◆黒川 博行
1949年愛媛県今治市生まれ。
京都市立芸術大学美術学部彫刻科卒業。
作品 「二度のお別れ」「雨に殺せば」「迅雷」「離れ折紙」「悪果」「疫病神」「国境」「螻蛄」「文福茶釜」「煙霞」「暗礁」「破門」「後妻業」「勁草」「泥濘」「桃源」他多数
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