『オブリヴィオン』(遠田潤子)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/08 『オブリヴィオン』(遠田潤子), 作家別(た行), 書評(あ行), 遠田潤子

『オブリヴィオン』遠田 潤子 光文社文庫 2020年3月20日初版

苦痛の果てに、希望は見えるか。小説の、渾身の一撃!
本の雑誌が選ぶ2017年度ベスト10第1位の話題作、ついに文庫化!

解 説  杉江恋松
昨日があるから明日もある。
しかし、変えられない過去は時に桎梏として心を縛ることになり、あまりの重さに人は絶望してしまう。遠田潤子は、そうした人のありようを描く作家だ。
『オブリヴィオン』 はその遠田が2017年10月20日に光文社より書き下ろしで発表した、第9長篇である。英語の Oblivion には二つの意味がある。一つは忘却、もう一つは赦しだ。an act of oblivion といえば、法律用語で大赦令のことである。その意味通り赦しを主題の一つとする小説なのだ。

物語は、主人公の吉川森二が刑務所を出る場面から始まる。塀の外で待っていたのは実兄の光一と、義理の兄にあたる長嶺圭介だ。光一はノミ行為を主たるシノギにするヤクザで、圭介は大学で教鞭を執るラテン語学者である。森二は、圭介の妹であり自分の妻であった唯を殺した罪で服役していたのだ。身元引受人となった今も、圭介は義弟をまったく赦していない。入所前の仕事を捨てて木工所で働き始めた森二は他人とも交わらず、社会の片隅でひっそり生きて行こうとするが、圭介は頻繁に彼の前に現れ、なぜ唯を殺したのかを問い質すのである。森二と唯の間に生まれた一粒種の冬香も今は圭介が引き取って育てている。その冬香が森二の前に現れ、「私は戸籍上のお父さんが、どれだけ最低の人間かを見に来たんです」 と詰る場面が、本作で最も辛い箇所だろう。わずか10歳の少女が、懸命に憎悪の感情を掻き立てて、そんな言葉を口にするのである。その心中は察するに余りある。(続く)

森二には出自にかかるそもそもの負い目があります。育った環境、特に父親との間には深い溝がありました。森二が有する特殊な能力が父親には災いとなり、結果家族の崩壊を招くことになります。

当時の森二にとって、圭介と唯に出会ったことはいわば “奇跡” みたいな出来事でした。二人と話すうち、彼は人生の再出発を決意します。やりたくてもやれなかった勉学に励み、大学を卒業して社会人となり、やがて唯と結婚することになります。彼が妻の唯を殺したのは、娘の冬香が6歳になった頃のことでした。

※気付くと父親はギャンブル狂、実の兄はヤクザ - 。森二にとって家族は最悪の状況でした。しかし、それでも彼はそこから逃れることができません。呪うべきことに、父や兄からすれば、彼を手放すわけにはいかなかったのです。

この本を読んでみてください係数  80/100

◆遠田 潤子
1966年大阪府生まれ。
関西大学文学部独逸文学科卒業。

作品 「月桃夜」「カラヴィンカ」「アンチェルの蝶」「お葬式」「あの日のあなた」「雪の鉄樹」「蓮の数式」「冬雷」他

関連記事

『アトムの心臓 「ディア・ファミリー」 23年間の記録』(清武英利)_書評という名の読書感想文

『アトムの心臓 「ディア・ファミリー」 23年間の記録』清武 英利 文春文庫 2024年4月10日

記事を読む

『ジニのパズル』(崔実/チェ・シル)_書評という名の読書感想文

『ジニのパズル』崔 実(チェ・シル) 講談社文庫 2019年3月15日第1刷 オレ

記事を読む

『青が破れる』(町屋良平)_書評という名の読書感想文

『青が破れる』町屋 良平 河出書房新社 2016年11月30日初版 この冬、彼女が死んで、友達が死

記事を読む

『あなたの本/Your Story 新装版』(誉田哲也)_書評という名の読書感想文

『あなたの本/Your Story 新装版』誉田 哲也 中公文庫 2022年8月25日改版発行

記事を読む

『田舎の紳士服店のモデルの妻』(宮下奈都)_書評という名の読書感想文

『田舎の紳士服店のモデルの妻』宮下 奈都 文春文庫 2013年6月10日第一刷 東京から夫の故郷に

記事を読む

『指の骨』(高橋弘希)_書評という名の読書感想文

『指の骨』高橋 弘希 新潮文庫 2017年8月1日発行 太平洋戦争中、激戦地となった南洋の島で、野

記事を読む

『アレグリアとは仕事はできない』(津村記久子)_書評という名の読書感想文

『アレグリアとは仕事はできない』津村 記久子 ちくま文庫 2013年6月10日第一刷 万物には魂

記事を読む

『ツナグ/想い人の心得』(辻村深月)_書評という名の読書感想文

『ツナグ/想い人の心得』辻村 深月 新潮文庫 2024年11月15日 6刷 心の奥から涙があ

記事を読む

『いかれころ』(三国美千子)_書評という名の読書感想文

『いかれころ』三国 美千子 新潮社 2019年6月25日発行 「ほんま私は、いかれ

記事を読む

『叩く』(高橋弘希)_書評という名の読書感想文

『叩く』高橋 弘希 新潮社 2023年6月30日発行 芥川賞作家が贈る 「不穏な人

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『未明の砦』(太田愛)_書評という名の読書感想文

『未明の砦』太田 愛 角川文庫 2026年3月25日 初版発行

『月島慕情』(浅田次郎)_書評という名の読書感想文

『月島慕情』浅田 次郎 講談社文庫 2026年3月13日 第1刷発行

『黒 石 (ヘイシ) 新宿鮫12』(大沢在昌)_書評という名の読書感想文

『黒 石 (ヘイシ) 新宿鮫12』大沢 在昌 光文社文庫 2026年

『母という呪縛 娘という牢獄』(齊藤彩)_書評という名の読書感想文

『母という呪縛 娘という牢獄』齊藤 彩 講談社文庫 2026年3月1

『令和元年の人生ゲーム』(麻布競馬場)_書評という名の読書感想文

『令和元年の人生ゲーム』麻布競馬場 文春文庫 2026年3月10日

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑