『兄の終い』(村井理子)_書評という名の読書感想文
公開日:
:
最終更新日:2024/01/08
『兄の終い』(村井理子), 作家別(ま行), 書評(あ行), 村井理子
『兄の終い』村井 理子 CCCメディアハウス 2020年6月11日初版第5刷

最近読んだ本の中では文句なくNO.1。実話ですが、小説よりむしろ 「小説らしく」 書いてあります。
事実をありのままに書いただけなら、こうはなりません。事が事だけに、只々昏い話に終始したことでしょう。
事実の奥に、このエッセイには目には見えない物語があります。望まざる現実を前にして、それでも前に進もうとする強い覚悟が感じられます。そしてそれは故人に向けた、惜しみない愛ゆえのことなんだろうと。
何もかもが嫌いで、長い間疎遠にしていた兄が死んだこと。遠方で暮らしていた兄の遺体を引き取るために、5日間と決め、たった一人の身内である著者は、はるか東北の町へと向かうのでした。
一刻もはやく、兄を持ち運べるサイズにしてしまおう。
憎かった兄が死んだ。残された元妻、息子、私 (いもうと)- 怒り、泣き、ちょっと笑った5日間。疎遠だった兄が54歳で脳出血で突然死した。離婚後、親権を得て育てていた10歳の息子が発見者だ。父母はすでに他界、唯一の大人の身内である著者に、警察署から遺体を引き取るよう電話がかかってきた。
体を壊し、職を失い、貧困からはい上がることなく死んだ兄。金を無心されるなど迷惑な存在だった兄を著者は徹底的に避けて暮らしてきた。しかし、遺品を整理する中、兄が必死に生きていた痕跡を目にし、著者の気持ちは揺れ動く。兄を火葬し、住んでいた部屋を片付けた5日間の出来事をつづった実話。(CCCメディアハウス)
※これまで何人もの人の葬儀に立ち合ってきました。幸せだった人ばかりではありません。苦労しただけの人生だった人もいます。年を取り、死ぬことがずいぶん身近になったような気がします。
登場する人物の誰に肩入れするかでも、「物語」 の意味は大きく違ってくることでしょう。私は、死んでしまった兄の元妻・加奈子ちゃん (凡そ40歳くらい) のことがとても好きになりました。
美人であるのもさることながら、別れて7年も経つというのに死んだ元夫に対する悪気のなさに。汚れた部屋をおかまいなしに、実の妹である著者よりもなお精力的に動き回る、そのバイタリティーに。
親権を譲り、離れて暮らす息子・良一に向けた不断の愛に。人として、母として、手本を見るような思いで読みました。諸々の後始末の最中、彼女は一度も泣きません。良一の転校の手続きを終え、すべてが完了し、家族揃って帰る段になって初めて少し泣きます。
この本を読んでみてください係数 85/100

◆村井 理子
1970年静岡県生まれ。翻訳家/エッセイスト
作品 「犬ニモマケズ」「犬(きみ)がいるから」「村井さんちのぎゅうぎゅう焼き」「ブッシュ妄言録」など
関連記事
-
-
『呪い人形』(望月諒子)_書評という名の読書感想文
『呪い人形』望月 諒子 集英社文庫 2022年12月25日第1刷 [集英社文庫45
-
-
『大きな鳥にさらわれないよう』(川上弘美)_書評という名の読書感想文
『大きな鳥にさらわれないよう』川上 弘美 講談社文庫 2019年10月16日第1刷
-
-
『あちらにいる鬼』(井上荒野)_書評という名の読書感想文
『あちらにいる鬼』井上 荒野 朝日新聞出版 2019年2月28日第1刷 小説家の父
-
-
『あのこは貴族』(山内マリコ)_書評という名の読書感想文
『あのこは貴族』山内 マリコ 集英社文庫 2019年5月25日第1刷 TOKYO
-
-
『カラスの親指』(道尾秀介)_by rule of CROW’s thumb
『カラスの親指』道尾 秀介 講談社文庫 2019年9月27日第28刷 人生に敗れ、
-
-
『告白』(湊かなえ)_書評という名の読書感想文
『告白』湊 かなえ 双葉文庫 2010年4月11日第一刷 「愛美は死にました。しかし、事故ではあり
-
-
『藍の夜明け』(あさのあつこ)_書評という名の読書感想文
『藍の夜明け』あさの あつこ 角川文庫 2021年1月25日初版 ※本書は、2012
-
-
『悪の血』(草凪優)_書評という名の読書感想文
『悪の血』草凪 優 祥伝社文庫 2020年4月20日初版 和翔は十三歳の時に母親を
-
-
『美しい距離』(山崎ナオコーラ)_この作品に心の芥川賞を(豊崎由美)
『美しい距離』山崎 ナオコーラ 文春文庫 2020年1月10日第1刷 第155回芥川
-
-
『しろいろの街の、その骨の体温の』(村田沙耶香)_書評という名の読書感想文
『しろいろの街の、その骨の体温の』村田 沙耶香 朝日文庫 2015年7月30日第一刷 クラスでは目
















