『すみなれたからだで』(窪美澄)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/08 『すみなれたからだで』(窪美澄), 作家別(か行), 書評(さ行), 窪美澄

『すみなれたからだで』窪 美澄 河出文庫 2020年7月20日初版

無様に。
だけど、私は
まだ生きているのだ。

三年前のよく晴れた冬の日、五日市線の終着駅から父が入居予定の施設に向かったわたし。厳格な祖母が取り仕切る古い商家で、家業がかたむいてもなおひっそりと生きた、かつての父のすがた。そして今、自分の人生を選び取ることですれ違っていく夫との関係 - わたしにとって、生きるということは、二人の男を棄てることなのだった・・・・・・・(「父を山に棄てに行く」)

焼夷弾が降る戦時下、喧騒に呑まれる八十年代、そして黄昏ゆく 〈いま〉-
満たされない何かを抱える人々に贈る、9つの物語。(河出文庫)

目次
父を山に棄てに行く
インフルエンザの左岸から
猫降る曇天
すみなれたからだで
バイタルサイン
銀紙色のアンタレス
朧月夜のスーヴェニア
猫と春
夜と粥 ※文庫版にあたり増補

考えてみてください。生や性について。死について。

それらについて思うとき、必ずしも納得ずくではなかったような、遠い日の苦い記憶が、あなたにもきっとあることでしょう。

愚かだったことや、無様だったこと。愚かなことと知りながら、やむを得ず手を染めたこと。無様でありながら、それより他に方法がなかったこと・・・・・・・

何事もなかったようにやり過ごせたら、それに越したことはありません。要は、それであなたの人生の帳尻が合いますか、ということだと。心残りがあり、澱となって体の底に留まっているものは、いずれ吐き出さなければなりません。そのままだと、すぐに胸が苦しくなります。

『すみなれたからだで』 『バイタルサイン』 『朧月夜のスーヴェニア』 の三つは、「性」 としてテーマが与えられ、生み出された作品です。『すみなれたからだで』 は 「更年期以降の性」、『バイタルサイン』 は 「インモラルな性」、『朧月夜のスーヴェニア』 は 「略奪愛」 という二次的なテーマもあり、四苦八苦して書いた記憶があります。

また、この本では、フィクションではなく、ノンフィクションの色合いの強い作品も収められています。山本周五郎賞をいただいた時に書いた 『父を山に棄てに行く』 は、今となっては大きな賞をいただいたタイミングでなぜこのような文章を書いたのか、当時の自分の真意もはかりかねますが、自分がどんな半生を生きてきた人間なのかを知ってほしいという強い気持ちがあったことは確かです。

小説家、などという身に余る肩書を与えられ、また、賞までいただく。傍から見れば、とても順風満帆な人生、と思われるかもしれません。けれど、それまでの人生は私のような甘さと弱さを持った人間にとっては、正直、過酷な展開が多すぎました。強い光が当たった分だけ、黒々とした深い影の部分を書かなければ、バランスがとれない、と、切羽詰まった気持ちが、この作品を書いているときに強くあったのです。(あとがきより)

- というほどに、私は冒頭の 『父を山に棄てに行く』 がどれより強く印象に残っています。

この本を読んでみてください係数 85/100

◆窪 美澄
1965年東京都稲城市生まれ。
カリタス女子中学高等学校卒業。短大中退。

作品 「晴天の迷いクジラ」「クラウドクラスターを愛する方法」「アニバーサリー」「雨のなまえ」「ふがいない僕は空を見た」「さよなら、ニルヴァーナ」「アカガミ」他多数

関連記事

『海よりもまだ深く』(是枝裕和/佐野晶)_書評という名の読書感想文

『海よりもまだ深く』是枝裕和/佐野晶 幻冬舎文庫 2016年4月30日初版 15年前に文学賞を

記事を読む

『リリアン』(岸政彦)_書評という名の読書感想文

『リリアン』岸 政彦 新潮社 2021年2月25日発行 街外れで暮らすジャズ・ベー

記事を読む

『おれたちの歌をうたえ』(呉勝浩)_書評という名の読書感想文

『おれたちの歌をうたえ』呉 勝浩 文春文庫 2023年8月10日第1刷 四人の少年と、ひとり

記事を読む

『後妻業』黒川博行_書評という名の読書感想文(その2)

『後妻業』(その2) 黒川 博行 文芸春秋 2014年8月30日第一刷 ※二部構成になってます。

記事を読む

『砂上』(桜木紫乃)_書評という名の読書感想文 

『砂上』桜木 紫乃 角川文庫 2020年7月25日初版 「あなた、なぜ小説を書くん

記事を読む

『死にぞこないの青』(乙一)_書評という名の読書感想文

『死にぞこないの青』乙一 幻冬舎文庫 2001年10月25日初版 飼育係になりたいがために嘘をつい

記事を読む

『このあたりの人たち』(川上弘美)_〈このあたり〉 へようこそ。

『このあたりの人たち』川上 弘美 文春文庫 2019年11月10日第1刷 この本に

記事を読む

『桃源』(黒川博行)_「な、勤ちゃん、刑事稼業は上司より相棒や」

『桃源』黒川 博行 集英社 2019年11月30日第1刷 沖縄の互助組織、模合 (

記事を読む

『純平、考え直せ』(奥田英朗)_書評という名の読書感想文

『純平、考え直せ』奥田 英朗 光文社文庫 2013年12月20日初版 坂本純平は気のいい下っ端やく

記事を読む

『ゼツメツ少年』(重松清)_書評という名の読書感想文

『ゼツメツ少年』重松 清 新潮文庫 2016年7月1日発行 「センセイ、僕たちを助

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『百合中毒』(井上荒野)_書評という名の読書感想文

『百合中毒』井上 荒野 集英社文庫 2024年4月25日 第1刷

『ジウⅡ 警視庁特殊急襲部隊 SAT 』(誉田哲也)_書評という名の読書感想文

『ジウⅡ 警視庁特殊急襲部隊 SAT 』誉田 哲也 中公文庫 202

『ジウⅠ 警視庁特殊犯捜査係 SIT 』(誉田哲也)_書評という名の読書感想文

『ジウⅠ 警視庁特殊犯捜査係 SIT 』誉田 哲也 中公文庫 202

『血腐れ』(矢樹純)_書評という名の読書感想文

『血腐れ』矢樹 純 新潮文庫 2024年11月1日 発行 戦慄

『チェレンコフの眠り』(一條次郎)_書評という名の読書感想文

『チェレンコフの眠り』一條 次郎 新潮文庫 2024年11月1日 発

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑