『すみなれたからだで』(窪美澄)_書評という名の読書感想文

『すみなれたからだで』窪 美澄 河出文庫 2020年7月20日初版

すみなれたからだで (河出文庫)

無様に。
だけど、私は
まだ生きているのだ。

三年前のよく晴れた冬の日、五日市線の終着駅から父が入居予定の施設に向かったわたし。厳格な祖母が取り仕切る古い商家で、家業がかたむいてもなおひっそりと生きた、かつての父のすがた。そして今、自分の人生を選び取ることですれ違っていく夫との関係 - わたしにとって、生きるということは、二人の男を棄てることなのだった・・・・・・・(「父を山に棄てに行く」)

焼夷弾が降る戦時下、喧騒に呑まれる八十年代、そして黄昏ゆく 〈いま〉-
満たされない何かを抱える人々に贈る、9つの物語。(河出文庫)

目次
父を山に棄てに行く
インフルエンザの左岸から
猫降る曇天
すみなれたからだで
バイタルサイン
銀紙色のアンタレス
朧月夜のスーヴェニア
猫と春
夜と粥 ※文庫版にあたり増補

考えてみてください。生や性について。死について。

それらについて思うとき、必ずしも納得ずくではなかったような、遠い日の苦い記憶が、あなたにもきっとあることでしょう。

愚かだったことや、無様だったこと。愚かなことと知りながら、やむを得ず手を染めたこと。無様でありながら、それより他に方法がなかったこと・・・・・・・

何事もなかったようにやり過ごせたら、それに越したことはありません。要は、それであなたの人生の帳尻が合いますか、ということだと。心残りがあり、澱となって体の底に留まっているものは、いずれ吐き出さなければなりません。そのままだと、すぐに胸が苦しくなります。

『すみなれたからだで』 『バイタルサイン』 『朧月夜のスーヴェニア』 の三つは、「性」 としてテーマが与えられ、生み出された作品です。『すみなれたからだで』 は 「更年期以降の性」、『バイタルサイン』 は 「インモラルな性」、『朧月夜のスーヴェニア』 は 「略奪愛」 という二次的なテーマもあり、四苦八苦して書いた記憶があります。

また、この本では、フィクションではなく、ノンフィクションの色合いの強い作品も収められています。山本周五郎賞をいただいた時に書いた 『父を山に棄てに行く』 は、今となっては大きな賞をいただいたタイミングでなぜこのような文章を書いたのか、当時の自分の真意もはかりかねますが、自分がどんな半生を生きてきた人間なのかを知ってほしいという強い気持ちがあったことは確かです。

小説家、などという身に余る肩書を与えられ、また、賞までいただく。傍から見れば、とても順風満帆な人生、と思われるかもしれません。けれど、それまでの人生は私のような甘さと弱さを持った人間にとっては、正直、過酷な展開が多すぎました。強い光が当たった分だけ、黒々とした深い影の部分を書かなければ、バランスがとれない、と、切羽詰まった気持ちが、この作品を書いているときに強くあったのです。(あとがきより)

- というほどに、私は冒頭の 『父を山に棄てに行く』 がどれより強く印象に残っています。

この本を読んでみてください係数 85/100

すみなれたからだで (河出文庫)

◆窪 美澄
1965年東京都稲城市生まれ。
カリタス女子中学高等学校卒業。短大中退。

作品 「晴天の迷いクジラ」「クラウドクラスターを愛する方法」「アニバーサリー」「雨のなまえ」「ふがいない僕は空を見た」「さよなら、ニルヴァーナ」「アカガミ」他多数

関連記事

『静かに、ねぇ、静かに』(本谷有希子)_書評という名の読書感想文

『静かに、ねぇ、静かに』本谷 有希子 講談社 2018年8月21日第一刷 静かに、ねぇ、静かに

記事を読む

『静かな雨』(宮下奈都)_書評という名の読書感想文

『静かな雨』宮下 奈都 文春文庫 2019年6月10日第1刷 静かな雨 (文春文庫)

記事を読む

『新宿鮫』(大沢在昌)_書評という名の読書感想文(その1)

『新宿鮫』(その1)大沢 在昌 光文社(カッパ・ノベルス) 1990年9月25日初版 新宿鮫

記事を読む

『かなたの子』(角田光代)_書評という名の読書感想文

『かなたの子』角田 光代 文春文庫 2013年11月10日第一刷 かなたの子 (文春文庫)

記事を読む

『その可能性はすでに考えた』(井上真偽)_書評という名の読書感想文

『その可能性はすでに考えた』井上 真偽 講談社文庫 2018年2月15日第一刷 その可能性はす

記事を読む

『夏物語』(川上未映子)_書評という名の読書感想文

『夏物語』川上 未映子 文春文庫 2021年8月10日第1刷 夏物語 (文春文庫) 世

記事を読む

『白いセーター』(今村夏子)_書評という名の読書感想文

『白いセーター』今村 夏子 文学ムック たべるのがおそい vol.3 2017年4月15日発行

記事を読む

『キッドナッパーズ』(門井慶喜)_書評という名の読書感想文

『キッドナッパーズ』門井 慶喜 文春文庫 2019年1月10日第一刷 キッドナッパーズ (文

記事を読む

『サンブンノニ』(木下半太)_書評という名の読書感想文

『サンブンノニ』木下 半太 角川文庫 2016年2月25日初版 サンブンノニ (角川文庫)

記事を読む

『捨ててこそ空也』(梓澤要)_書評という名の読書感想文

『捨ててこそ空也』梓澤 要 新潮文庫 2017年12月1日発行 捨ててこそ 空也 (新潮文庫)

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。

『ポラリスが降り注ぐ夜』(李琴峰)_書評という名の読書感想文

『ポラリスが降り注ぐ夜』李 琴峰 ちくま文庫 2022年6月10日第

『カインの傲慢/刑事犬養隼人』(中山七里)_書評という名の読書感想文

『カインの傲慢/刑事犬養隼人』中山 七里 角川文庫 2022年6月2

『カゲロボ』(木皿泉)_書評という名の読書感想文

『カゲロボ』木皿 泉 新潮文庫 2022年6月1日発行

『あたしたち、海へ』(井上荒野)_書評という名の読書感想文

『あたしたち、海へ』井上 荒野 新潮文庫 2022年6月1日発行

『白昼夢の森の少女』(恒川光太郎)_書評という名の読書感想文

『白昼夢の森の少女』恒川 光太郎 角川ホラー文庫 2022年5月25

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑