『あおい』(西加奈子)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/14 『あおい』(西加奈子), 作家別(な行), 書評(あ行), 西加奈子

『あおい』西 加奈子 小学館文庫 2007年6月11日初版

西加奈子のデビュー作です。「あおい」「サムのこと」「空心町深夜2時」の3編が収められています。

知名度から言えば圧倒的に「あおい」なんでしょうが、なんだか期待しすぎて、イマイチ乗り切れないまま読み終わってしまいました。この人の大阪弁は好きだし、上手いなぁと思うところは一杯あって感心したけれど、心は動かない。

一番引っかかったのは、語り手の〈あたし〉にレイプ経験があること。さらに〈あたし〉が友だちになったみいちゃんも小学生の頃にいたずら目的の誘拐未遂事件に遭遇しており、自分のことを「僕」と言い、「性同一性障害になろうとしている人」だという設定。

著者からすれば、この前提なくして「あおい」という物語はあり得ないのかも知れません。
しかし、読み手からするとこの種の話はかなり〈ありきたり〉で、よほどの覚悟の上で書かれていないと逆に読む気を削いでしまうことになり兼ねません。

上手く言えませんが、悲劇の安売りみたいに思えてよろしくない。そんな〈余分な〉伏線は不要で、〈あたし〉とダメ学生・カザマ君が恋をして、妊娠してさぁどうするの、ということだけを淡々と書いてほしかった、という感じでしょうか。
・・・・・・・・・・
2つの中編にちょこっと添えられたような、10ページほどの掌編「空心町深夜2時」が私は好きです。

〈関東方面の人〉にはいかにも猥雑で、こってり感満載で上品さのかけらもないような話でしょうが、これが生粋の関西人にとっては実にしっくりと馴染むのです。

車が脱輪して、2人はJAFが来るのを待っています。深夜1時のラーメン屋。外はそぼ降る雨。キムチをあてにビールを飲んでいる〈うち〉と、隣でラーメンをすする〈やっちゃん〉。

〈うち〉は東京へ行き、ピアノで身を立てようと思っています。女にモテる〈やっちゃん〉との付き合いにもちょっと疲れ気味で、30になって何も無い自分を清算するために大阪を出る決心をしています。

〈やっちゃん〉は、別れることも大阪を出ることも、訳を聞こうともしません。ただひどい女や、と言って笑うばかりです。ラーメンをすする〈やっちゃん〉を眺めながら、〈うち〉の頭を過るのは〈やっちゃん〉との出会いであり、2人が体を重ねた日々です。

〈うち〉は深夜の雨が好きだと言い、〈やっちゃん〉は深夜の雨より、深夜から降り出す雨が好きやと言います。違いを聞くと、そんなもん全然ちゃうわって、それからもうええわ、て言うから、やっぱり〈うち〉は泣きそうになります。

〈うち〉は〈やっちゃん〉と別れたくなどないのです。一緒に東京行かん? という言葉が喉まで出かかって、それをビールで飲み干します。一言、行かんといてくれ、て言うてくれたら、どこにも行けへんのに、と〈うち〉は思っています。

交差点はファミレスの黄色、コンビニの青、牛丼屋のオレンジ、なんやぎょうさんの色で溢れています。エンジンがかかって、ワイパーが深夜の雨を蹴散らします。〈やっちゃん〉の口からは、にんにくの匂い。ほんでな、はい出発、て言うのです。空心町深夜2時。
・・・・・・・・・・
「ドリカム大阪ラバーかよ」と、ある読者は呟きました。私が思い浮かべたのは「悲しい色やね ~ OSAKA BAY BLUES」。大阪を歌った、上田正樹の代表的なナンバーです。

にじむ街の灯を ふたり見ていた
桟橋に止めた 車にもたれて

泣いたらあかん 泣いたら
せつなくなるだけ
Hold me tight 大阪ベイブルース
おれのこと好きか あんた聞くけど
Hold me tight そんなことさえ
わからんようになったんか

大阪の海は 悲しい色やね
さよならをみんな ここに捨てに来るから

この本を読んでみてください係数 80/100


◆西 加奈子
1977年イラン、テヘラン生まれ。エジプト、大阪府堺市育ち。
関西大学法学部卒業。

作品 「さくら」「きいろいゾウ」「通天閣」「円卓」「漁港の肉子ちゃん」「ふくわらい」「サラバ!」他

◇ブログランキング

いつも応援クリックありがとうございます。
にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ

関連記事

『ドクター・デスの遺産』(中山七里)_書評という名の読書感想文

『ドクター・デスの遺産』中山 七里 角川文庫 2020年5月15日4版発行 警視庁

記事を読む

『おいしいごはんが食べられますように』(高瀬隼子)_書評という名の読書感想文

『おいしいごはんが食べられますように』高瀬 隼子 講談社 2022年8月5日第8刷

記事を読む

『Iの悲劇』(米澤穂信)_書評という名の読書感想文

『Iの悲劇』米澤 穂信 文藝春秋 2019年9月25日第1刷 序章 Iの悲劇

記事を読む

『去年の冬、きみと別れ』(中村文則)_書評という名の読書感想文

『去年の冬、きみと別れ』中村 文則 幻冬舎文庫 2016年4月25日初版 ライターの「僕」は、ある

記事を読む

『カインの傲慢/刑事犬養隼人』(中山七里)_書評という名の読書感想文

『カインの傲慢/刑事犬養隼人』中山 七里 角川文庫 2022年6月25日初版 命に

記事を読む

『西の魔女が死んだ』(梨木香歩)_書評という名の読書感想文

『西の魔女が死んだ』梨木 香歩 新潮文庫 2001年8月1日初版 中学に進んでまもなく、どうし

記事を読む

『形影相弔・歪んだ忌日』(西村賢太)_書評という名の読書感想文

『形影相弔・歪んだ忌日』西村 賢太 新潮文庫 2016年1月1日発行 僅かに虚名が上がり、アブ

記事を読む

『青い鳥』(重松清)_書評という名の読書感想文

『青い鳥』重松 清 新潮文庫 2021年6月15日22刷 先生が選ぶ最泣の一冊 1

記事を読む

『夫のちんぽが入らない』(こだま)_書評という名の読書感想文

『夫のちんぽが入らない』こだま 講談社文庫 2018年9月14日第一刷 "夫のちんぽが入らない"

記事を読む

『あなたが私を竹槍で突き殺す前に』(李龍徳)_書評という名の読書感想文

『あなたが私を竹槍で突き殺す前に』李 龍徳 河出書房 2022年3月20日初版 日

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『長くなった夜を、』(中西智佐乃)_書評という名の読書感想文

『長くなった夜を、』中西 智佐乃 集英社 2025年4月10日 第1

『神童』(谷崎潤一郎)_書評という名の読書感想文

『神童』谷崎 潤一郎 角川文庫 2024年3月25日 初版発行

『孤蝶の城 』(桜木紫乃)_書評という名の読書感想文

『孤蝶の城 』桜木 紫乃 新潮文庫 2025年4月1日 発行

『春のこわいもの』(川上未映子)_書評という名の読書感想文

『春のこわいもの』川上 未映子 新潮文庫 2025年4月1日 発行

『銀河鉄道の夜』(宮沢賢治)_書評という名の読書感想文

『銀河鉄道の夜』宮沢 賢治 角川文庫 2024年11月15日 3版発

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑