『ゴースト』(中島京子)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/07 『ゴースト』(中島京子), 中島京子, 作家別(な行), 書評(か行)

『ゴースト』中島 京子 朝日文庫 2020年11月30日第1刷

風格のある原宿の洋館に出没する少女、激動の20世紀を生き抜いたミシン、少しぼけた曾祖父が繰り返す 「リョウユー」 の言葉・・・・・・・。多彩な切り口で戦禍の記憶を現代に蘇らせる、ユーモラスで温かくてどこか切ない7つの幽霊連作集。(朝日文庫)

目次
第一話 原宿の家
第二話 ミシンの履歴
第三話 きららの紙飛行機
第四話 亡霊たち
第五話 キャンプ
第六話 廃 墟
第七話 ゴーストライター

この小説は、今を生きる我々と、遠い過去に命を失くした “幽霊たち” を繋ぐ物語です。鬱蒼とした原宿の館に出没する女の子、20世紀を生き抜いたミシン、廃墟と化した台湾人留学生寮、などが登場します。

では、なに故の幽霊 (ゴースト) かといいますと、全編に共通するのは、彼らが死を迎えた原因や時期はそれぞれ異なりますが 「皆、戦争の影響を受けている」 という点です。幽霊たちは、思い出してほしいと思う人の隣に現れて、思い出すのを黙って待っています。

ひとつふたつ、例を挙げましょう。

第三話のきららの紙飛行機 は、上野の浮浪児だったケンタの幽霊が登場する。一定期間だけ現れて、死因と同じく車に轢かれて消える、ということを繰り返しているらしい。自分の姿が見える女の子、きららと出会う。育児放棄されているきららに、ケンタは心を砕く。戦後の浮浪児と現代の被虐待児の、一日だけの時間の中で飛ばす紙飛行機は、かすかな希望を具現化したようで胸を突く。

第四話の亡霊たちでは、従軍経験のある仙太郎が僚友 と呼ぶ、目には見えない人と語りあっていることをひ孫の千夏が知る。大岡昇平の 『俘虜記』 などの戦争に関する著作の内容と絡ませつつ、当時の出征兵士たちのことを想像する千夏のもとに、現実にそこにある亡霊が現れる。曾祖父の時代と現在が地続きであることと、戦争の亡霊のいるをつきつけられた。(解説より)

ケンタは、辛い。きららは、なお辛い。二人が飛ばす紙飛行機の幸せのあまりな儚さに、その切なさに、胸が震えます。

仙太郎はもはや違う世界のどこかを漂っています。死んで居るはずのない 「リョウユー」 が、そこには確かにいます。なぜか、千夏までもがそれを感じています。

この本を読んでみてください係数 85/100

◆中島 京子
1964年東京都生まれ。
東京女子大学文理学部史学科卒業。

作品 「FUTON」「イトウの恋」「均ちゃんの失踪」「冠・婚・葬・祭」「小さいおうち」「眺望絶佳」「妻が椎茸だったころ」「長いお別れ」他多数

関連記事

『逃亡者』(中村文則)_山峰健次という男。その存在の意味

『逃亡者』中村 文則 幻冬舎 2020年4月15日第1刷 「一週間後、君が生きてい

記事を読む

『漁港の肉子ちゃん』(西加奈子)_書評という名の読書感想文

『漁港の肉子ちゃん』西 加奈子 幻冬舎文庫 2014年4月10日初版 男にだまされた母・肉子ちゃん

記事を読む

『連続殺人鬼カエル男ふたたび』(中山七里)_書評という名の読書感想文

『連続殺人鬼カエル男ふたたび』中山 七里 宝島社文庫 2019年4月18日第1刷

記事を読む

『銀河鉄道の父』(門井慶喜)_書評という名の読書感想文

『銀河鉄道の父』門井 慶喜 講談社 2017年9月12日第一刷 第158回直木賞受賞作。 明治2

記事を読む

『カエルの楽園』(百田尚樹)_書評という名の読書感想文

『カエルの楽園』百田 尚樹 新潮文庫 2017年9月1日発行 平和な地を求め旅に出たアマガエルのソ

記事を読む

『騙る』(黒川博行)_書評という名の読書感想文

『騙る』黒川 博行 文藝春秋 2020年12月15日第1刷 大物彫刻家が遺した縮小

記事を読む

『GIVER/復讐の贈与者』(日野草)_書評という名の読書感想文

『GIVER/復讐の贈与者』日野 草 角川文庫 2016年8月25日初版 雨の降り続く日、訪ねてき

記事を読む

『この胸に深々と突き刺さる矢を抜け』(白石一文)_書評という名の読書感想文

『この胸に深々と突き刺さる矢を抜け』 白石 一文 講談社 2009年1月26日第一刷 どちらかと

記事を読む

『逆転美人』(藤崎翔)_書評という名の読書感想文

『逆転美人』藤崎 翔 双葉文庫 2024年2月13日第15刷 発行 美しすぎるのは不幸なのか

記事を読む

『隠し事』(羽田圭介)_書評という名の読書感想文

『隠し事』羽田 圭介 河出文庫 2016年2月20日初版 すべての女は男の携帯を見ている。男は

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『海神 (わだつみ)』(染井為人)_書評という名の読書感想文

『海神 (わだつみ)』染井 為人 光文社文庫 2024年2月20日

『百年と一日』(柴崎友香)_書評という名の読書感想文

『百年と一日』柴崎 友香 ちくま文庫 2024年3月10日 第1刷発

『燕は戻ってこない』(桐野夏生)_書評という名の読書感想文

『燕は戻ってこない』桐野 夏生 集英社文庫 2024年3月25日 第

『羊は安らかに草を食み』(宇佐美まこと)_書評という名の読書感想文

『羊は安らかに草を食み』宇佐美 まこと 祥伝社文庫 2024年3月2

『逆転美人』(藤崎翔)_書評という名の読書感想文

『逆転美人』藤崎 翔 双葉文庫 2024年2月13日第15刷 発行

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑