『隣のずこずこ』(柿村将彦)_書評という名の読書感想文
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『隣のずこずこ』(柿村将彦), 作家別(か行), 書評(た行), 柿村将彦
『隣のずこずこ』柿村 将彦 新潮文庫 2020年12月1日発行
帯に 「衝撃のディストピア・ファンタジー」 とあります。ディストピアを描いた話でありながらファンタジーとは、一体どういうことなんでしょう? この小説から何か学ぶことがあるのでしょうか。それとも、そんなこととは一切関係がないのでしょうか。
「村を壊します。あなたたちは丸呑みです。ごめんね」 二足歩行の巨大な狸とともにやってきたあかりさんはそう告げた。村を焼き、村人を呑み込む 〈権三郎狸〉 の伝説は、古くからこの地に語り継がれている。あれはただの昔話ではなかったのか。中学3年生の住谷はじめは、戸惑いながらも抗おうとするが - 。恩田陸、萩尾望都、森見登美彦が絶賛した、日本ファンタジーノベル大賞2017受賞作! (新潮文庫)
「権三郎狸の話」 はこの地方に伝わる昔話で、矢喜原で生まれ育った子供ならみんなが知っています。住谷はじめが聞かされたのは、祖父からでした。
「むかしむかしあるところに」- というありきたりな前置きから、話は始まります。
あるところに小さな村があった。
村人は日々まじめに働き、おかげで村はそこそこ栄えていた。とりたてて裕福でもなかったが、その日の食べものに困るようなこともなく、それなりに幸せな毎日を送っていた。
そこへある時、一人の旅人が現れた。
旅人は若い女だった。街道沿いでもない山間の村に旅人が来ることなど滅多になく、しかもそれが若い女だというので、村人たちは大層珍しがった。
興味半分、訝り半分の村人たちを前に、女は言った。
「私を、しばらくここにおいて欲しいのです」
当然、村人はわけを訊ねた。でも女はそれは言えないという。
妖しがる村人に、女は懐からたくさんの金を取り出して見せた。
「おいてくださるなら、これをみなさんにそっくり差し上げます」
金に目が眩んだ村人たちは、すぐさま女の頼みを聞き入れた。
女は村にすぐなじんだ。器量の良い娘だったし、村人の野良仕事を手伝ったりもした。祭りのときには舞を舞って村人たちを見とれさせた。その上金までくれるというのだから、村人に文句があるはずもなかった。
しかし一ヶ月ほどが経ったころ、女は突然、村を出て行くと言い出した。
村人は必死になって止めた。もう金はいらないからと、なんとか村に留まってくれるよう女に頼んだ。一ヶ月の間に、女は村に欠かせない存在となっていたのだ。
でも村人から何を言われようと、女は首を縦に振らなかった。そして結局、村から去って行ってしまった。
女を見送った村人たちは悲しんだ。仕事も何も手につかなかった。男も女も老人も子供もみんな嘆き悲しんで、村中のあちこちに寝っ転がって泣いた。来る日も来る日も泣いて過ごし、仕事をしなかったので村はだんだんさびれ、やがて食べものも底をつき始めた。
するとある日、今度は一匹の狸が村に現れた。
「ここへ女が来たでしょう」
悲しみにくれる村人たちは、いかにもそうだと泣きながら答えた。
そしたら狸は急に山ほども大きくなって、泣き続ける村人を一人ずつつまみ上げては口へ投げ入れて呑み込んだ。村人をすっかり呑んでしまうと、狸は火を吐いて村の家々や田畑を焼いた。
村をたちまち焼け野原に変えてしまった狸は、やがて元と同じ大きさに戻って、女のあとを追うように、またどこかへ去って行った、とさ。
おしまいおしまい。(P32 ~ 34)
- と、まあ凡そこんな話であるわけです。
さて、時は現代。(信じ難いことではありますが) 矢喜原ではそんな昔話に聞かされた厄災がそのままに、今まさに再現されようとしています。現に、あかりと名乗る美女の横には1メートル半はあろうかという、信楽焼の狸の置物にそっくりな、昔話に出てくる 〈権三郎狸〉 が座っています。
ならば - 、やがて矢喜原の人々は巨大化なった権三郎狸によって呑み込まれ全員が死に、家々は焼き尽くされ、集落ごときれいさっぱり消え失せてしまうことになります。そしてそれらは周囲の人の記憶からも消え、元から何もなかったようになります。
この本を読んでみてください係数 85/100
◆柿村 将彦
1991年兵庫県生まれ。
大谷大学文学部卒業。
作品 2017年 「隣のずこずこ」 (「権三郎狸の話」 改題) で日本ファンタジーノベル大賞2017を受賞しデビュー。
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