『ミセス・ノイズィ』(天野千尋)_書評という名の読書感想文

『ミセス・ノイズィ』天野 千尋 実業之日本社文庫 2020年12月15日初版

ミセス・ノイズィ (実業之日本社文庫)

大スランプ中の小説家・真紀は引っ越し早々、隣家の女・若田がベランダで発する騒音に襲われた。真紀の苦情を物ともせず “音” はエスカレート。執筆は進まず、夫や五歳の娘との関係も悪化。心の平穏を失った真紀は隣人とのいざこざを小説に書いて反撃に出る。作品は評判を呼ぶが、やがてSNSで炎上、ふたりの女の運命を狂わせる大事件へと発展して・・・・・・・。(実業之日本社文庫)

一度は売れた小説家、吉岡真紀の驕りと転落

そう、確かに真紀は売れたのでした。会社勤務の傍らで書いた処女作が、いきなりH新人文学賞を受賞したのは二十六歳の時でした。さらに同年のO文学賞候補にもなり、彼女の人生は大きく舵を切った・・・・・かにみえました。

ところが、事はそう上手くはいきません。二作目はまさに処女作の出がらしで、三作目に至っては見るに堪えない結果 - 気付くと処女作を超えられない自分との、暗く長い戦いが始まっていました。子供を産もうと決めたのは、そんな状況を劇的に変えたい (変えてくれる) と考えたからでした。

引っ越したのは、娘の菜子が五歳になり、前にいた渋谷区のマンションがいよいよ手狭になってきたからでした。田園都市線沿いのとある駅周辺に建つその物件に決めたのは、真紀の強い希望によるものでした。物件は、真紀の創作意欲を大いに掻き立てたのでした。

ところが、ところが -

気に入って引っ越した先のマンションの、たまたま隣の部屋の住人との “相性” が悪かった。隣の部屋の主婦、美和子との “初見” が不味かった。

二人の戦いは、一枚の布団から始まったのでした。

今にして思えば、声を荒げるほどのことではなかったのかもしれません。美和子がベランダで叩く布団の “音” がああまで気に障ったのは、堪えられない騒音に感じたのは、もしかすると、(小説が上手く書けない) 時の真紀の焦りや苛立ちが少なからず影響していたのかもしれません。

しかし現実は、売り言葉に買い言葉。大人げない、聞くに堪えないバトルが続きます。互いが互いをよく知らないままに、ただの思い込みひとつで、戦いはどんどんエスカレートしていきます。

二人の戦いに更に油を注いだのが、真紀のいとこの直哉がしたことでした。面白半分に、直哉は二人が激しく言い争う場面の動画を撮って、断りもなくYouTubeにアップしたのでした。

それだけでもどうかと思うのですが、今度は、直哉は真紀に向かって二人の一連の騒動を
「小説」 にすればいいと言います。「ていうかさ、作家なんだから、そーいうのこそネタにすれば? 」 という軽口に、藁にも縋る思いで、つい乗ってしまうのでした。

これが、美和子夫婦を含んで、ただならぬ事態を招くことになります。

この本を読んでみてください係数 85/100

ミセス・ノイズィ (実業之日本社文庫)

◆天野 千尋
1982年愛知県生まれ。
名古屋大学法学部法律政治学科卒業。映画監督、脚本家。

作品 2009年に映画制作を開始。主な作品に 「さよならマフラー」「フィガロの告白」「ガマゴリ・ネバーアイランド」「どうしても触れたくない」など。19年秋、「ミセス・ノイズィ」 が東京国際映画祭・スプラッシュ部門のワールドプレミアで大反響を呼ぶ。本書はそのノベライズ作品である。(映画は20年12月に公開)

関連記事

『貴婦人Aの蘇生』(小川洋子)_書評という名の読書感想文

『貴婦人Aの蘇生』小川 洋子 朝日文庫 2005年12月30日第一刷 貴婦人Aの蘇生 (朝日文

記事を読む

『肝、焼ける』(朝倉かすみ)_書評という名の読書感想文

『肝、焼ける』朝倉 かすみ 講談社文庫 2009年5月15日第1刷 肝、焼ける (講談社文庫

記事を読む

『民宿雪国』(樋口毅宏)_書評という名の読書感想文

『民宿雪国』樋口 毅宏 祥伝社文庫 2013年10月20日初版 民宿雪国 (祥伝社文庫)

記事を読む

『十一月に死んだ悪魔』(愛川晶)_書評という名の読書感想文

『十一月に死んだ悪魔』愛川 晶 文春文庫 2016年11月10日第一刷 十一月に死んだ悪魔 (

記事を読む

『恋に焦がれて吉田の上京』(朝倉かすみ)_書評という名の読書感想文

『恋に焦がれて吉田の上京』朝倉 かすみ 新潮文庫 2015年10月1日発行 恋に焦がれて吉田の

記事を読む

『愚者の毒』(宇佐美まこと)_書評という名の読書感想文

『愚者の毒』宇佐美 まこと 祥伝社文庫 2017年9月10日第4刷 愚者の毒 (祥伝社文庫)

記事を読む

『獅子吼』(浅田次郎)_書評という名の読書感想文

『獅子吼』浅田 次郎 文春文庫 2018年12月10日第一刷 獅子吼 (文春文庫) け

記事を読む

『角の生えた帽子』(宇佐美まこと)_書評という名の読書感想文

『角の生えた帽子』宇佐美 まこと 角川ホラー文庫 2020年11月25日初版 角の生えた帽子

記事を読む

『田村はまだか』(朝倉かすみ)_書評という名の読書感想文

『田村はまだか』朝倉 かすみ 光文社 2008年2月25日第一刷 田村はまだか (光文社文庫)

記事を読む

『生存者ゼロ』(安生正)_書評という名の読書感想文

『生存者ゼロ』安生 正 宝島社文庫 2014年2月20日第一刷 生存者ゼロ (宝島社文庫 『こ

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

『おもかげ』(浅田次郎)_書評という名の読書感想文

『おもかげ』浅田 次郎 講談社文庫 2021年2月17日第4刷発行

『ぼくがきみを殺すまで』(あさのあつこ)_書評という名の読書感想文

『ぼくがきみを殺すまで』あさの あつこ 朝日文庫 2021年3月30

『52ヘルツのクジラたち』(町田そのこ)_書評という名の読書感想文

『52ヘルツのクジラたち』町田 そのこ 中央公論新社 2021年4月

『夜空に泳ぐチョコレートグラミー』(町田そのこ)_書評という名の読書感想文

『夜空に泳ぐチョコレートグラミー』町田 そのこ 新潮文庫 2021年

『リバース&リバース』(奥田亜希子)_書評という名の読書感想文

『リバース&リバース』奥田 亜希子 新潮文庫 2021年4月1日発行

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑