『芝公園六角堂跡/狂える藤澤清造の残影』(西村賢太)_書評という名の読書感想文

『芝公園六角堂跡/狂える藤澤清造の残影』西村 賢太 文春文庫 2020年12月10日第1刷

落伍者には、落伍者の流儀がある。

何の為に私小説を書くのか。
静かなる鬼気を孕みつつ、
歿後弟子の矜持の在処を示した四篇

ここ数年、惑いに流されている北町貫多。あるミュージシャンに招かれたライブに昂揚し、上気したまま会場を出た彼に、東京タワーの灯が凶暴な輝きを放つ。その場所は、師・藤澤清造の終焉地でもあった - 。何の為に、自分は私小説を書くのか。静かなる鬼気を孕む、至誠あふれる作品集。巻末には新たに 「別格の記」 を付す。(文春文庫)
※「至誠」 とは、きわめて誠実なこと。また、その心。

貫多が最初に藤澤清造の作を読んだのは、二十三歳のときだった。

ある郷土文学全集の内の一巻に、藤澤清造は三人一冊のかたちで収録されていた。
この小説家の、名前だけは知っていた。マイナーの上にマイナーを塗り重ねたみたいな私小説の書き手のようだが、芝公園での野垂れ死にと云う奇矯な最期は、闇の文学史の一項として、何かの本に載っていた。

「根津権現裏」 なる代表作と云うのが収録されていたが、それはこの長篇全体の半分以上がカットされた抄録ものだった。
一読して、正直それなりには面白かったものの、到底のめり込むまでには至らなかった。しかし作者自身を模した作中主人公の、惨めな日々に耐えながら発する、〈ああ、何時までこうした生活を続けねばならないのか〉 との嗟嘆は、やけに心に響いた。

そのときの貫多は、いよいよ自分もツブシが利かないことを実感せざるを得ない状況にあった。
日雇い人足業とはオサラバして、まともな職に就きたくても、如何せん彼は中卒である。この自業自得の学歴の不備に加え、その日に稼いだ金はその日のうちに費いきる、あの日雇い特有の悪循環に手もなく嵌り込んでいた彼は、所詮はいつまでも同じところに停滞するより他はなかった。

二十九歳での暴力事件による逮捕は、僅かに残っていた周囲の人間をも、完全に離れさせていった。ただ離れていっただけでなく、生活の資を引き上げられる格好にもなった。

本当に、もう何もなかった。

そんな日々の中で、再び 「根津権現裏」 を手にしたのは、それは一種苦しまぎれによるものであった自覚はある。
が、新たにこの再読時では、作者藤澤清造の、この世のあらゆるものに対する怨念と呪詛を、より切実なものとして汲み取った。

これはもしや、との一縷の望みのもと、古書店で売価三十五万円の値がついた、無削除本函付きの完品を借金して手に入れ、三読目でようやくにその全文にありついた。
そして更にこの私小説家の他の創作、随筆の掲載誌を渉猟して次々と読み、貫多は、やはりこれは自分にとっての救いの神であることを確信した。

こうなれば、最早、泣いている場合ではなかった。
能登の七尾に在するその墓へ向かったのは、一九九七年の、三月下旬だった。
通り一遍の展墓ではない。すがりついたのである。
                   - 第一話 「芝公園六角堂跡」より抜粋

・第二話 終われなかった夜の彼方で
・第三話 深更の巡礼
・第四話 十二月に泣く

・文春図書館 著者は語る 『芝公園六角堂跡』 西村賢太
・別格の記 - 『芝公園六角堂跡』 文庫化に際して

※言わずもがなですが、「北町貫多」 は (概ね) 著者の西村賢太と思って読んで下さい。(知らない人に、念のため)

この本を読んでみてください係数 80/100

◆西村 賢太
1967年東京都生まれ。
中学卒。

作品「暗渠の宿」「苦役列車」「どうで死ぬ身の一踊り」「二度はゆけぬ町の地図」「小銭をかぞえる」「廃疾をかかえて」「人もいない春」「一私小説書きの日乗」他多数

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