『ニムロッド』(上田岳弘)_書評という名の読書感想文

『ニムロッド』上田 岳弘 講談社文庫 2021年2月16日第1刷

ニムロッド (講談社文庫)

仮想通貨をネット空間で 「採掘」 する僕・中本哲史。深く大きなトラウマを抱えた外資系証券会社勤務の恋人・田久保紀子。小説家への夢に挫折し鬱傾向にある同僚・ニムロッドこと荷室仁。やがて僕たちは、個であることをやめ、全能になって世界に溶ける。「すべては取り換え可能であった」 という答えを残して。(講談社文庫)

切なすぎる虚無と倦怠 - 第160回芥川賞受賞作、上田岳弘の 『ニムロッド』 を読みました。予想していたことではありますが、(並みの人間では) 思いもつかないことが書いてあります。諦めず、挫けずに読んでください。

『ニムロッド』 は、表面的なプロットに関するかぎり、ほぼ三人だけの登場人物からなるシンプルこのうえもない小説である。仮想通貨の一種であるビットコインの 「採掘」 に専念する 「僕」 がおり、その恋人の 「田久保紀子」 がおり、会社での 「僕」 の先輩で、鬱症状を病んだのがきっかけで名古屋に転勤することになった 「荷室仁」 がいる。ただし、「ニムロッド」 を自称するその荷室氏が 「僕」 に送りつづける 「駄目な飛行機コレクション」 の紹介と、「ニムロッド」 が書いているという想定の小説テクストとが随時挿入されることで、本作は一筋縄では行かない重層的な構造を持つことになる。

もともと 「ニムロッド」 は旧約聖書中の登場人物で、ユダヤ人の伝承が記された 『ユダヤ古代誌』 ではバベルの塔の建設を命じた王とされている。「ニムロッド」 はそのバベルの塔に似た高塔を自分の小説に登場させる。そこでの登場人物 「ニムロッド」 は 「人間の王」 を僭称し、自分の塔の屋上に 「駄目な飛行機たち」 を駐機させている。飛ばない、飛べない、飛びつづけられない飛行機に執着し、それをあえてコレクションしている。「ニムロッド」 の振る舞いには、超越性のトポスに対する上田岳弘のアイロニカルに屈折した意識が投影されているとも言える。(解説より)

中本哲史が働いているのは、東京と名古屋の二拠点で法人向けにサーバーの保守サービスを提供している、契約社員を合わせて五十人程の会社でした。ある日、彼は 「社長の気まぐれでできたような」 課の課長を命じられます。

中本哲史は自分一人の課を 「採掘課」 と名付けます。彼の仕事は 「金を掘る」 ことでした。金を掘る、と言っても金(ゴールド) ではありません。掘るのは仮想通貨の 「ビットコイン」 でした。

この世界には定められた量のビットコインが埋蔵されていて、誰でもそれを採掘 (マイニング) することができる。今や世界中の人々がビットコインに投資をしていて、乱高下しつつもその価値は上がり続けている。(P18)

ビットコインが埋まっているのは地面とは別のところだ。いや、厳密に言えば、埋まっているわけではなく、その存在を保証する取引台帳があるだけだ。例えばAさんが10BTC持っていて、Bさんが5BTC持っているとする。そしてAさんがBさんに5BTC譲渡するとする。それらのやり取りを細大漏らさず台帳に記載したら、帳簿上はAさんが5BTCを保有していて、Bさんが10BTC保有していることになる。要は、誰がいくら保有しているかが書いてあるだけなのだけど、その状態を 〈存在する〉 と皆で合意すれば、ビットコインは確かに 〈存在する〉 ということになる。(P28)

ビットコインは、台帳へのデータの追記をアルゴリズムに参加したPCの計算力を借りて行う。無償ではない。計算したPCには、その報酬として新たに発行したビットコインが贈られる。台帳によって存在が保証されるビットコインの、その存在そのものを担保することに力を貸すことで報酬が支払われ、そのことがまた参加者にビットコインの価値を感じさせるのだ。うまい、虚無から何かを取り出している! さらにうまいのは、新規に発行されるビットコインの上限が定められていることだ。新規のビットコインは現在も刻々と発行されているが、発行のペースが徐々に遅くなっていくようになっているらしい。上限が定められている以上、いつかはそこに辿り着く。アキレスと亀の寓話のように、永久にゴールに辿り着かない設定にすることも可能だったはずだ。だけど、ビットコインの創設者は埋蔵量を明確に規定し、採掘が完了するタイミングをかなり正確に割り出すことを可能にしている。それが2140年ということだ。(P29)

中本哲史は当初、「掘る」 ことで月に30万円程の売り上げを稼ぎ出します。ところがその後はジリ貧で、僅かずつではありますが、儲けは少なくなっていきます。

さて、こんな話の合間合間に挟まって、バリバリのキャリアウーマンの恋人・田久保紀子とのつかの間の逢瀬があり、ニムロッドこと荷室仁からの奇妙なメールが届きます。それが 「駄目な飛行機コレクション」 の紹介文でした。

荷室仁はバベルの塔に似た高塔を舞台にした小説を書いています。田久保紀子はニムロッドから中本哲史に送られてきた 「駄目な飛行機コレクション」 を読みたいと言い、三人はそれぞれに、PCとiPhone 8 越しに出会うことになります。

この本を読んでみてください係数  80/100

ニムロッド (講談社文庫)

◆上田 岳弘
1979年兵庫県明石市生まれ。
早稲田大学法学部卒業。

作品 「太陽・惑星」「異郷の友人」「塔と重力」「私の恋人」等

関連記事

『あちらにいる鬼』(井上荒野)_書評という名の読書感想文

『あちらにいる鬼』井上 荒野 朝日新聞出版 2019年2月28日第1刷 あちらにいる鬼

記事を読む

『いつかの人質』(芦沢央)_書評という名の読書感想文

『いつかの人質』芦沢 央 角川文庫 2018年2月25日初版 いつかの人質 (角川文庫) 宮

記事を読む

『その愛の程度』(小野寺史宜)_書評という名の読書感想文

『その愛の程度』小野寺 史宜 講談社文庫 2019年9月13日第1刷 その愛の程度 (講談社

記事を読む

『夜明けの音が聞こえる』(大泉芽衣子)_書評という名の読書感想文

『夜明けの音が聞こえる』大泉 芽衣子 集英社 2002年1月10日第一刷 夜明けの音が聞こえる

記事を読む

『ナオミとカナコ』(奥田英朗)_書評という名の読書感想文

『ナオミとカナコ』奥田 英朗 幻冬舎文庫 2017年4月15日初版 ナオミとカナコ (幻冬舎文

記事を読む

『殺人カルテ 臨床心理士・月島繭子』(大石圭)_書評という名の読書感想文

『殺人カルテ 臨床心理士・月島繭子』大石 圭 光文社文庫 2021年8月20日初版1刷 殺人

記事を読む

『猫を拾いに』(川上弘美)_書評という名の読書感想文

『猫を拾いに』川上 弘美 新潮文庫 2018年6月1日発行 猫を拾いに (新潮文庫) 誕生日

記事を読む

『203号室』(加門七海)_書評という名の読書感想文

『203号室』加門 七海 光文社文庫 2004年9月20日初版 203号室 (光文社文庫) 「ここ

記事を読む

『死にぞこないの青』(乙一)_書評という名の読書感想文

『死にぞこないの青』乙一 幻冬舎文庫 2001年10月25日初版 死にぞこないの青 (幻冬舎文

記事を読む

『ボニン浄土』(宇佐美まこと)_書評という名の読書感想文

『ボニン浄土』宇佐美 まこと 小学館 2020年6月21日初版 ボニン浄土 刺客は、思

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

『ビオレタ』(寺地はるな)_書評という名の読書感想文

『ビオレタ』寺地 はるな ポプラ文庫 2017年4月5日第1刷

『犯人は僕だけが知っている』(松村涼哉)_書評という名の読書感想文

『犯人は僕だけが知っている』松村 涼哉 メディアワークス文庫 2

『大人は泣かないと思っていた』(寺地はるな)_書評という名の読書感想文

『大人は泣かないと思っていた』寺地 はるな 集英社文庫 2021年4

『雪が降る』(藤原伊織)_書評という名の読書感想文

『雪が降る』藤原 伊織 角川文庫 2021年12月25日初版

『リリアン』(岸政彦)_書評という名の読書感想文

『リリアン』岸 政彦 新潮社 2021年2月25日発行 リリア

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑