『やわらかな足で人魚は』(香月夕花)_書評という名の読書感想文
公開日:
:
最終更新日:2024/01/07
『やわらかな足で人魚は』(香月夕花), 作家別(か行), 書評(や行), 香月夕花
『やわらかな足で人魚は』香月 夕花 文春文庫 2021年3月10日第1刷

一体どうしたら自分は人間になれるのだろう。当たり前に愛される人間の子供に。電話詐欺の嘘によって結びつく偽物の母と息子、“前科” のある中学教師と孤独な少女。それぞれに悲しみを抱えた主人公たちの、ほろ苦く優しい五つの物語。満場一致でオール讀物新人賞を受賞したデビュー作 「水に立つ人」 を含む傑作短篇集。(文春文庫)
・逃げてゆく緑の男
「逃げてゆく緑の男」 は、電話詐欺の真似事をする若者が主人公。女友達にそそのかされるようにして、ある時、思い立って六十二歳の女性に、息子と称して電話を掛けてみる。意外なことに女性は、電話に応じ、子供を叱る母親のように冷ややかに答える。
「破産でも破滅でも勝手にすればいいわ。言っておくけど、こっちには一切持ち込まないでよ。あたしは知らないからね。お前がどうなろと」
冷たく拒絶された若者は、そのあと 「母親」 のことが気になり、何度も偽電話をするようになる。そのつど 「母親」 に 「毎日毎日、ご苦労さまだこと」 「なんど話しても無駄よ」 と軽くあしらわれる。無論、この 「母親」 は電話を掛けてくる若者が 「偽息子」 だとは知っている。若者はそのことを知っている。その二人のあいだで、電話での会話が続いてゆく。
二人を会話へと結びつけているものは何なのだろう。お互いに寂しいから。それぞれ心に屈折を抱えていて誰かに話しを聞いてもらいたいから。偽物の母親と偽物の息子による会話が芝居のようで面白かったから。
(中略)
二人は人にはいえない悲しみを抱えていた。
その悲しみを、普段、他人に素直には語れない。「偽電話」 という嘘の会話だから、悲しみを伝えられるのではないか。「嘘でしか言えない真実」 というものがある。大都会で生きている十九歳の若者と六十二歳の女性。見知らぬ二人が嘘によって結びついている。そしてもしかしたら二人の 「悲しみ」 も 「偽」 なのかもしれない。そこに現代の孤独の深さがある。この短篇の怖さがある。(川本三郎/解説より)
・水風船の壊れる朝に
・彼女の海に沈む
・水に立つ人
「不安な時には、何かをだきしめてみるといいですよ (例えば大きなまくらやクッション)。本当にこまったら先生にも相談しなさいね。じりじりした気持ち、よく分かります。先生もあなたのような子どもでした。そうしてあなたぐらいの年のころには、働き者のお母さんはえらいと思っていましたよ。だから、何かもんくを言いたくてもなかなか言えなくてこまってしまうよね。先生は、言えなかったもんくがたまりにたまって、ある日とうとうばく発しました。くわしいことは言えないけれど、先生は家族とはなればなれになって、一生会わないことに決めました。なつかしくないかって? ふしぎなもので、会えなくなってホッとしています。一人きりになった今の方が、昔よりずっとさびしくない。ただ、むねの辺りに、マンホールのふたがはまって取れなくなってしまったような、変な感じがします。心の中に、何も入ってこないし、何も出てこない。きずつけられることがなくなった代わりに、だれのことも、好きだと思えなくなりました。だから、あなたたちのことも本当は好きじゃないの。でもきらいでもない。本当はどうでもいいと思ってるの。先生は悪い先生だね、ごめんね。でも心の中の水が全部なくなってしまって、どうすることも出来ないんだよ」(本文より)
・やわらかな足で人魚は
以上、五篇。
この本を読んでみてください係数 85/100

◆香月 夕花
1973年大阪府生まれ。
京都大学工学部卒業。
作品 2013年 「水に立つ人」 で第93回オール讀物新人賞を受賞。他に 「永遠の詩」「昨日壊れはじめた世界で」「見えない星に耳を澄ませて」 がある。
関連記事
-
-
『アトムの心臓 「ディア・ファミリー」 23年間の記録』(清武英利)_書評という名の読書感想文
『アトムの心臓 「ディア・ファミリー」 23年間の記録』清武 英利 文春文庫 2024年4月10日
-
-
『リアルワールド』(桐野夏生)_書評という名の読書感想文
『リアルワールド』桐野 夏生 集英社文庫 2006年2月25日第一刷 高校三年の夏休み、隣家の少年
-
-
『介護者D』 (河﨑秋子)_書評という名の読書感想文
『介護者D』 河﨑 秋子 朝日文庫 2025年11月30日 第1刷発行 直木賞作家が巧みな筆
-
-
『よだかの片想い』(島本理生)_書評という名の読書感想文
『よだかの片想い』島本 理生 集英社文庫 2021年12月28日第6刷 24歳、理
-
-
『嫌な女』(桂望実)_書評という名の読書感想文
『嫌な女』桂 望実 光文社文庫 2013年8月5日6刷 初対面の相手でも、たちまち
-
-
『よるのふくらみ』(窪美澄)_書評という名の読書感想文
『よるのふくらみ』窪 美澄 新潮文庫 2016年10月1日発行 以下はすべてが解説からの抜粋です
-
-
『蜃気楼の犬』(呉勝浩)_書評という名の読書感想文
『蜃気楼の犬』呉 勝浩 講談社文庫 2018年5月15日第一刷 県警本部捜査一課の番場は、二回りも
-
-
『救われてんじゃねえよ』(上村裕香)_書評という名の読書感想文
『救われてんじゃねえよ』上村 裕香 新潮社 2025年4月15日 発行 24歳、現役大学院生
-
-
『死ねばいいのに』(京極夏彦)_書評という名の読書感想文
『死ねばいいのに』京極 夏彦 講談社 2010年5月15日初版 3ヶ月前、マンションの一室でアサミ
-
-
『夜明けの縁をさ迷う人々』(小川洋子)_書評という名の読書感想文
『夜明けの縁をさ迷う人々』小川 洋子 角川文庫 2010年6月25日初版 私にとっては、ちょっと
















