『平成くん、さようなら』(古市憲寿)_書評という名の読書感想文
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最終更新日:2024/01/07
『平成くん、さようなら』(古市憲寿), 作家別(は行), 古市憲寿, 書評(は行)
『平成くん、さようなら』古市 憲寿 文春文庫 2021年5月10日第1刷

安楽死が合法化された現代日本。名前もあいまって、メディアで 「平成」 を象徴する人物ともてはやされる 「平成 (ひとなり) くん」 は、時代の終わりとともに安楽死したいと恋人・愛に告げる。愛は受け入れられぬまま二人の最後の日々を過ごすが - 。いまの時代を生き、死ぬことの意味を問い直す芥川賞候補作。(文春文庫)
1989年1月8日生まれの彼は、今年で29歳になった。
彼が社会から注目され始めたのは、今から7年前のことである。
22歳の時に書いた大学の卒業論文が指導教官と編集者の目に留まり、単行本として出版されたのだ。博士論文や修士論文が出版されることはままあるが、学部生の書いた卒業論文が日の目を見ることは珍しい。
そんなことになったのは、もちろんその年が2011年だったからだ。
論文は、当時話題になっていた原子力発電所で働く若者たちに丹念な聞き取り調査を行い、原発の功罪を描き出したものだった。教授は初読の時、文章力は高いものの、地味なテーマだとしか思わなかったらしい。
しかし、3月11日を境にして状況はまるで変わってしまった。
当時、人々の知りたかったことが、その論文に詰まっていたのだ。しかも分量は十分にあり、多少のリライトを施せばすぐに書籍化できそうなレベルに達していた。すぐに懇意にしている講談社の編集者を彼に紹介し、論文はソフトカバーの単行本という形でその年の5月には出版される。
本は出版後たちまち話題になり、メディアは震災の話題を扱うたびにこぞって彼を取り上げた。1、2年もしないうちに、この国はすっかり震災に対する興味を失ってしまったが、彼は得意とする分野を次々と変えていった。
2050年の日本を舞台にした未来小説、日本社会の仕組みをビジュアルで解説した図鑑などを精力的に発表し、いつの間にかすっかりと文化人と呼ばれるカテゴリーに収まる人物になっていた。最近では映画やドラマの脚本までを手がける。彼が注目を浴びたのにはいくつかの理由があるが、最大のポイントは名前にあったと思う。
彼はファーストネームを平成 (ひとなり) という。
「ねえ平成くん、なんで死にたいと思ったの? 」
「僕はもう、終わった人間だと思うんだ」
「控えめに言っても、僕はラッキーだったと思うんだ。この名前のおかげで、若い時から社会の注目を浴びることができた。明らかに、実力以上にスポットライトを当てられ続けてきた。
その分、努力もしてきたつもりだよ。少しでも時間が空けば、ジャンルを問わずに本を読んだり、階層や世代を問わずとにかくたくさんの人と会うようにしてきた。とにかく最新の人でありたかったんだ。その試みは、ある程度の成功は収めてきたと思う。いくつかの本は売れたし、最近では脚本の仕事もうまくいっている。だけど、ふと考えてしまったんだ。僕に未来はあるのかって」
最近は僕が僕自身のことを少しも面白いと思えない
報道によれば、平成は2019年4月30日をもって終了し、5月1日から新しい元号の使用が開始されるという。
あと1年くらいで平成が終わるということもあって、最近の僕は忙しい。
でも、平成が終わった瞬間から、僕は間違いなく古い人間になってしまう。
時代を背負った人間は、必ず古くなっちゃうんだよ。
いくら切実であったとしても、人は名前だけでは死にません。(と思います) 「ひとつの時代が終わるタイミングで」 というのもさほど意味があるとは思えません。それでも彼が死ぬと決めたのは、他にも理由があったからです。
彼が死への思いを強くしたのは、何より、日本では既に何年も前から安楽死が合法化されている、という事実が前提にあります。彼は、”死ぬ思いをして” まで死のうとしているわけではありません。
東京という (私にとっては) 見果てぬ場所で暮らす彼と彼の恋人・愛との日常を、どうとらまえてよいかがわかりません。こんな二人が現実に、どれほどいるのだろうと。古市さん、そこんところをよ~く考えてください。
この本を読んでみてください係数 80/100

◆古市 憲寿
1985年東京都生まれ。
慶応義塾大学環境情報学部卒業。同大学SFC研究所上席所員。社会学者。
作品 「百の夜は跳ねて」「だから日本はズレている」「奈落」「アスク・ミー・ホワイ」等
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Comment
定期的に覗かさせて頂いております。
読んでみてください係数が90点を超えるとおっ、となります。
相当数の本を読まれていますが、紙と電子版、どちらで読まれているのでしょうか。
私の予想では紙なのですが、その場合購入されているのでしょうか。
私は紙(購入)なのですが、その置き場に頭を抱えることもしばしばです。
もし良ければ教えてください。
これからも楽しみにしております。
ルンルンさん
コメントありがとうございます。ご想像通り、昔から買って自分のものにしないと読む気になりません。
二階の二つの部屋 (四畳半と十五畳位の板の間) に、単行本文庫本併せて一万冊くらいはあると思います。
現在その処理中です。文庫を残し、単行本で売れるものは売り、売れないものは廃棄しようと考えています。
このままだと天井抜けるぞ! そう息子に言われ、決心した次第です。教訓:いずれ限界がやって来ます。
shingo様
返信頂きありがとうございます。
一万冊とは!図書室が開そうですね。
私の場合、天井はまだまだ大丈夫そうなので、もうしばらく文庫購入でいく決意が固まりました。
ありがとうございました。