『忌中』(車谷長吉)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/14 『忌中』(車谷長吉), 作家別(か行), 書評(か行), 車谷長吉

『忌中』車谷 長吉 文芸春秋 2003年11月15日第一刷

5月17日、妻の父が86歳で息を引き取りました。義父の呼吸が止まったのが昼の12時30分頃、車谷長吉が亡くなったのはその4時間ほど前のことです。67歳でした。

むろん何程の共通点もない2人ですが、それ故に、私が今在ることへの少なからぬ影響などというものを思うとき、形は違えども、私は両者に対して確かに「憧れ」を抱いていた自分を感じています。そんな2人を、改めて思い返しています。

私は、私には遠く及ばない、彼らの「知性」に憧れていました。義父は頭脳明晰で、優秀な営業マンで、しかも長身の美男子でした。しかし、それらを人前でひけらかすようなことはなく、家ではただ穏やかで、慎み深く慈愛に溢れた人でした。

車谷長吉は内気で、間違いなく気弱な人です。露悪的なまでに身辺をさらけ出すのも、わざと身を持ち崩し自らを貶めるのも、全部その裏返し。そして、頭が良いだけの自分を信用していません。むしろ賢さを恥じらい、明晰さを隠蔽して、何かを掴もうと足掻きます。
・・・・・・・・・・
「忌中」
右半身不随で寝たきりの身となった妻の二三子は、「死にたい。それだけが私の願いです」「死なせて下さい」と、利き腕でない左手で執拗に書き綴ります。

夫の修治は、67歳。修治と二三子の間に子どもはなく、今となっては二三子だけが生きるよすがの修治ですが、その二三子が重い患いに苦しんで、「死なせてください」と言います。前途に何の光があるでもない中で、修治は介護に明け暮れています。ふと、わしもいっしょに死のうかな、と思ったりしています。

やがて、毎日のように2人して死のうと思うようになり、2月末の小雪の降る夕べ、修治が「今夜、いっしょに死のう」と紙に書くと、二三子は頷いて、「ながいあいだ、ありがとうございました」と書き返します。

修治は、二三子の髪を梳ってやります。唇に紅を差し、布団に横にならせて、電燈を消します。同時に、一気に二三子に襲いかかって、ぐっと頸を絞めます。二三子の吐く息が修治の手に掛かります。が、それも一ト呼吸だけのことでした。
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ここまでは、よくあると言えばよくある話です。しかし、車谷長吉の場合、この先が普通ではありません。

二三子が死んだ後、修治はすぐさま自分も頸を吊って死のうとしますが、死に切れません。
二三子の屍体を放置すること4日間、少し臭いがしはじめると、今度は彼女の和服が入った茶箱を空にして、屍体の腰と膝を折り曲げるようにして箱に入れ、押し入れの中へ押し込みます。

修治には、二三子を殺したという意識はありません。故に、警察に届ける気もなく、逃亡を企てる気もありません。二三子の場合、死は救いだったと信じています。一緒に死んでやれなかったことだけが、修治にとって鋭い咎となって残ります。
・・・・・・・・・・
二三子が死んだあと、修治は真っ直ぐに、自らの破滅に向かって暴走を始めます。

修治は、どうにかして二三子の後追い死をしようと思っています。それにはまず自分を、生きていけない状態(金が一銭もない状態)に追い込むことが必要だと考えます。そう考えた末に修治がとる行動は、もはや正気の沙汰ではありません。

正気の沙汰でないことが、もうひとつ。二三子の屍体に対する修治の執着は、この上なく異常です。修治は、二三子を忘れることができません。日毎、茶箱を開けては二三子の様子を眺めます。

蓋を開けると、まず強い腐臭が鼻と目を襲います。が、修治は二三子が恋しくて、暗赤褐色の死斑の出た顔をじっと見つめ、そして撫でます。そのあと、胸いっぱいに二三子の死臭を嗅いでから、静かに寝に就くのです。

※この本には、表題作の「忌中」の他に5つの短編、「古墳の話」「神の花嫁」「「鹽壺の匙」補遺」「三笠山」「飾磨」が収められています。

この本を読んでみてください係数 85/100


◆車谷 長吉
1945年兵庫県飾磨市(現・姫路市飾磨区)生まれ。本名は、車谷嘉彦。
慶應義塾大学文学部独文科卒業。

作品 「鹽壺の匙」「赤目四十八瀧心中未遂」「漂流物」「白痴群」「文士の魂」「銭金について」「贋世捨て人」他多数

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