『きりこについて』(西加奈子)_書評という名の読書感想文
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最終更新日:2024/01/14
『きりこについて』(西加奈子), 作家別(な行), 書評(か行), 西加奈子
『きりこについて』西 加奈子 角川書店 2011年10月25日初版
きりこという、それはそれは「ぶす」な女の子がいます。どれほどのぶすなのかという点に関しては、引用が長くなりますので、ここでは割愛させていただきます。が、そのぶす加減が並大抵のものではないということだけは、ご承知おきください。
そんなきりこですが、両親には「可愛い、可愛い」と育てられ、際立ったぶす故に、彼女を前にして容姿のことを口にする人はいません。おかげで、幼稚園に入っても、小学校に上がる頃になっても、きりこは「可愛い女の子」然としています。
彼女は、オスの黒猫を飼っています。猫の名はラムセス2世、エジプトのハンサムで機知に富んだ王様の名前で、迷わずきりこがつけた名前です。このラムセス2世が、普通の猫ではありません。IQ値が異常に高く、人の言葉が分かります。
ラムセス2世はきりこのことが好きで、拾ってもらったことを恩義に感じています。人間界ではぶすだと言われる彼女の顔も、猫の彼にとっては大変良い具合に思えます。
きりこは、ラムセス2世を「賢いなぁ、賢いなぁ」と褒めます。「可愛い」とは決して言いません。彼は、そのことに感謝しています。きりこは、猫が言われて一番嬉しい言葉を言ってくれる。とんでもなく立派な飼い主に出会ってしまったと、ラムセス2世は濡れた鼻と桃色の肉球を、ぴくぴくとさせるのでした。
・・・・・・・・・・
きりこに転機(これはまぎれもなく悲劇です)が訪れるのは小学5年生の秋、生理が始まった11歳の時のことです。彼女は、以前から想いを寄せる初恋の相手・こうた君に自分の気持ちを伝えようと手紙を書くことを思い付きます。
ラムセス2世に助言を受けながら(この頃になると、きりことラムセス2世の間での意思疎通はほぼ完璧なものになっています)、試行錯誤の末、きりこは渾身の作と言える手紙を完成させます。
ピンクの花模様の便箋に、たくさんのハートマーク。こうた君への溢れんばかりの愛情をきちんと伝えつつ、ウイットにも富んだ手紙。きりこは眠れない夜を過ごし、次の日早く、こうた君の下駄箱にそっと手紙を入れます。
ところが、きりこの手紙は、こうた君に見つけられる前に他の男子によって黒板に貼り出されてしまいます。クラス中が大騒ぎになり、皆の前で朗読が始まります。きりこは絶望しながらも、ここではまだ余裕があります。むしろ自分の気持ちを堂々と宣言できると喜んで、他の女子への牽制になるとさえ思っています。
しかし、本当の悲劇は、次の瞬間に訪れます。
「やめてくれ、あんなぶす。」
こうた君が、他の男子より一層低い声で、こう言い放ちます。一瞬の静けさの後、教室中花火が打ちあがったような騒ぎになります。
今まで腑に落ちなかったこと。何気に感じてはいたけれど、子供心に、正直に言ったり思ったりしてはいけないと信じていたこと。
じわじわとくすぶらせていた、きりこの振舞いと容姿のアンバランスさ故の「納得できない」感じが、ここへ来て、こうた君のひと言で、一気に解明し結論付けられたのです。
・・・・・・・・・・
きりこの「女」としての人生は、こうして、不幸なスタートを切ります。その後、きりこは2年間鏡を見つめ続け、やがて鏡を見なくなり、中学へ行けなくなり高校にも行きません。ある時期拒食症になり、17歳になると過食症になります。
その間、きりこのそばにはいつも、ラムセス2世がいます。実はラムセス2世こそが、きりこのどういうところが「人間界の中でのぶす」であるか、皆がきりこのことをどう思っているかということを、誰より的確に、冷静に、客観的に、頭脳明晰に、リリカルに、答えることが出来ます。
しかし、ラムセス2世は、きりこにそれを教えません。なぜなら、きりこが、きりこのやり方で、いつか知るべきであると、思っているからです。
この本を読んでみてください係数 85/100
◆西 加奈子
1977年イラン、テヘラン生まれ。エジプト、大阪府堺市育ち。
関西大学法学部卒業。
作品 「あおい」「さくら」「きいろいゾウ」「通天閣」「円卓」「漁港の肉子ちゃん」「ふくわらい」「サラバ!」他
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