『誰? 』(明野照葉)_書評という名の読書感想文

『誰? 』明野 照葉 徳間文庫 2020年8月15日初刷

誰? (徳間文庫)

嵌められた、と気づいた時はもう手遅れだ! この女、息するように嘘をつく

彼女は私の生きがいだ、と沢田は思う。大手企業を定年退職後、妻を失い孤独に暮らす沢田は、親子ほど年の離れた晴美と出会った。病弱で薄幸な晴美に心奪われ、金の援助まで考え始めた沢田だが、ある日、晴美を親しげにルミと呼ぶ中年女性の存在を知る。しかも女性はルミの住み処らしき話までするのだ。いったい晴美の真の姿とは? それを知る前に沢田に魔手が - 偽りまみれの悪女登場! (書下し/徳間文庫)

嵌めたのが武藤晴美38歳で、嵌められたのは沢田隆71歳、小林瑞枝59歳、そして友野直也33歳の三人です。

晴美が嵌めたのは、実は他に何人もいます。やるだけやって事を終えると、場所を変え、騙す相手を新たに見つけ出し、相手にあわせて “別人” になります。別の女性になり切って、万が一にもバレないように、偽の身分証や証明書まで準備します。

きちんと仕事はしているように見せかけて、あるいは病弱ながら健気に暮らしていると見せかけて、- つまりは銭金などは二の次三の次と思わせて、そのうち相手の方から進んで援助したくなるような、自在に相手の気持ちを自分の方へと仕向けてしまう。虜にしてしまう。それが晴美の正体でした。

法を犯すことは如何なる理由があっても許されない。名前を偽り人を騙して金銭を奪う。人として最もやってはいけない行為である。ここに異論を唱える者はいないだろう。しかしこの三人の被害者たちはどこまで騙されていたのだろうか。孤独を癒されプライドを擽られ人生の中でほんの一瞬でも生きる喜びを与えられていたのだ。

必要悪ではないがそれぞれに得たものが確かにあった。絶望の日々の中からも希望の明かりが灯されていた。悲劇だが喜劇の要素もある。その点が詐欺罪のグレーゾーンなのだろう。

被害額は高すぎる授業料と言ってしまえばそれまでだが、これはけして他人事でないことも肝に銘じなければならない。「武藤晴美」 はどこにでもいる。誰よりも敏感に孤独の匂いを嗅ぎとって、心の隙間に潜りこんでくるのだ。天性の話術に要注意。唐突に近づいてくる魔物。かわいそうな存在に対しては用心してし過ぎることはない。(解説より)

沢田と晴美は、同じ東中野で暮らしています。二人が出会ったのは、沢田が行きつけの喫茶店でのことでした。話しかけてきたのは、晴美の方でした。

70歳をこえた沢田が、偶然知り合っただけの38歳の晴美と親しく話すようになります。喫茶店で落ち合い、お茶を飲んだり、食事に行ったりするようになります。やがて沢田は晴美のことを憎からず思うようになり、そのうち自分の生きがいだと思うようになります。

沢田はあくまで紳士的でその年齢の男性らしく、晴美の方は終始健気に振る舞って過ごします。倹しい暮らしであるにもかかわらず、沢田に対し、晴美は金の無心などは一切しません。私があなたと付き合っているのは、そんなことが理由ではないのだと。

ある日、とうとう沢田は、一千万を超える残高がある自分のキャッシュカードを、晴美に対し、自由に使っていいと差し出したのでした。是が非でも晴美の心を留め置くために、(老いぼれた自分に) 出来ることはこれしかないと、よくよく考えてのことでした。

東中野にいる間、武藤晴美は、

沢田には晴美として、心を病んだ、如何ばかりか薄幸な女に、
瑞枝には留美と称し、一人暮らしをしている瑞枝の娘の身代わりに、
直也には順子と称し、やや年上の、したい時にいつでもセックスできる便利な女に、

それぞれ、その役どころを巧みに演じ分けてみせます。それより他にないとばかりに、平気で、息をするように嘘をつきます。

この本を読んでみてください係数 85/100

誰? (徳間文庫)

◆明野 照葉
1959年東京都中野区生まれ。
東京女子大学文理学部社会学科卒業。

作品 「雨女」「魔性」「輪RINKAI廻」「新装版 汝の名」他多数

関連記事

『殺戮にいたる病』(我孫子武丸)_書評という名の読書感想文

『殺戮にいたる病』我孫子 武丸 講談社文庫 2013年10月13日第一刷 新装版 殺戮にいたる

記事を読む

『ロスジェネの逆襲』(池井戸潤)_書評という名の読書感想文

『ロスジェネの逆襲』 池井戸 潤  ダイヤモンド社 2012年6月28日第一刷 @1,500

記事を読む

『あなたの本当の人生は』(大島真寿美)_書評という名の読書感想文

『あなたの本当の人生は』大島 真寿美 文春文庫 2019年8月1日第2刷 あなたの本当の人生

記事を読む

『誰かが足りない』(宮下奈都)_書評という名の読書感想文

『誰かが足りない』宮下 奈都 双葉文庫 2014年10月19日第一刷 誰かが足りない (双葉文

記事を読む

『月の満ち欠け』(佐藤正午)_書評という名の読書感想文

『月の満ち欠け』佐藤 正午 岩波書店 2017年4月5日第一刷 月の満ち欠け 生きているうちに読

記事を読む

『九年前の祈り』(小野正嗣)_書評という名の読書感想文

『九年前の祈り』小野 正嗣 講談社 2014年12月15日第一刷 九年前の祈り &nbs

記事を読む

『つやのよる』(井上荒野)_書評という名の読書感想文

『つやのよる』井上 荒野 新潮文庫 2012年12月1日発行 つやのよる 男ぐるいの女がひと

記事を読む

『第8監房/Cell 8』(柴田 錬三郎/日下三蔵編)_書評という名の読書感想文

『第8監房/Cell 8』柴田 錬三郎/日下三蔵編 ちくま文庫 2022年1月10日第1刷

記事を読む

『晩夏 少年短篇集』(井上靖)_書評という名の読書感想文

『晩夏 少年短篇集』井上 靖 中公文庫 2020年12月25日初版 晩夏 少年短篇集 (中公

記事を読む

『図書準備室』(田中慎弥)_書評という名の読書感想文

『図書準備室』 田中 慎弥 新潮社 2007年1月30日発行 図書準備室 (新潮文庫)

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『遠巷説百物語』(京極夏彦)_書評という名の読書感想文

『遠巷説百物語』京極 夏彦 角川文庫 2023年2月25日初版発行

『最後の記憶 〈新装版〉』(望月諒子)_書評という名の読書感想文

『最後の記憶 〈新装版〉』望月 諒子 徳間文庫 2023年2月15日

『しろがねの葉』(千早茜)_書評という名の読書感想文

『しろがねの葉』千早 茜 新潮社 2023年1月25日3刷

『今夜は眠れない』(宮部みゆき)_書評という名の読書感想文

『今夜は眠れない』宮部 みゆき 角川文庫 2022年10月30日57

『プロジェクト・インソムニア』(結城真一郎)_書評という名の読書感想文

『プロジェクト・インソムニア』結城 真一郎 新潮文庫 2023年2月

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑