『誰? 』(明野照葉)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/07 『誰? 』(明野照葉), 作家別(あ行), 明野照葉, 書評(た行)

『誰? 』明野 照葉 徳間文庫 2020年8月15日初刷

嵌められた、と気づいた時はもう手遅れだ! この女、息するように嘘をつく

彼女は私の生きがいだ、と沢田は思う。大手企業を定年退職後、妻を失い孤独に暮らす沢田は、親子ほど年の離れた晴美と出会った。病弱で薄幸な晴美に心奪われ、金の援助まで考え始めた沢田だが、ある日、晴美を親しげにルミと呼ぶ中年女性の存在を知る。しかも女性はルミの住み処らしき話までするのだ。いったい晴美の真の姿とは? それを知る前に沢田に魔手が - 偽りまみれの悪女登場! (書下し/徳間文庫)

嵌めたのが武藤晴美38歳で、嵌められたのは沢田隆71歳、小林瑞枝59歳、そして友野直也33歳の三人です。

晴美が嵌めたのは、実は他に何人もいます。やるだけやって事を終えると、場所を変え、騙す相手を新たに見つけ出し、相手にあわせて “別人” になります。別の女性になり切って、万が一にもバレないように、偽の身分証や証明書まで準備します。

きちんと仕事はしているように見せかけて、あるいは病弱ながら健気に暮らしていると見せかけて、- つまりは銭金などは二の次三の次と思わせて、そのうち相手の方から進んで援助したくなるような、自在に相手の気持ちを自分の方へと仕向けてしまう。虜にしてしまう。それが晴美の正体でした。

法を犯すことは如何なる理由があっても許されない。名前を偽り人を騙して金銭を奪う。人として最もやってはいけない行為である。ここに異論を唱える者はいないだろう。しかしこの三人の被害者たちはどこまで騙されていたのだろうか。孤独を癒されプライドを擽られ人生の中でほんの一瞬でも生きる喜びを与えられていたのだ。

必要悪ではないがそれぞれに得たものが確かにあった。絶望の日々の中からも希望の明かりが灯されていた。悲劇だが喜劇の要素もある。その点が詐欺罪のグレーゾーンなのだろう。

被害額は高すぎる授業料と言ってしまえばそれまでだが、これはけして他人事でないことも肝に銘じなければならない。「武藤晴美」 はどこにでもいる。誰よりも敏感に孤独の匂いを嗅ぎとって、心の隙間に潜りこんでくるのだ。天性の話術に要注意。唐突に近づいてくる魔物。かわいそうな存在に対しては用心してし過ぎることはない。(解説より)

沢田と晴美は、同じ東中野で暮らしています。二人が出会ったのは、沢田が行きつけの喫茶店でのことでした。話しかけてきたのは、晴美の方でした。

70歳をこえた沢田が、偶然知り合っただけの38歳の晴美と親しく話すようになります。喫茶店で落ち合い、お茶を飲んだり、食事に行ったりするようになります。やがて沢田は晴美のことを憎からず思うようになり、そのうち自分の生きがいだと思うようになります。

沢田はあくまで紳士的でその年齢の男性らしく、晴美の方は終始健気に振る舞って過ごします。倹しい暮らしであるにもかかわらず、沢田に対し、晴美は金の無心などは一切しません。私があなたと付き合っているのは、そんなことが理由ではないのだと。

ある日、とうとう沢田は、一千万を超える残高がある自分のキャッシュカードを、晴美に対し、自由に使っていいと差し出したのでした。是が非でも晴美の心を留め置くために、(老いぼれた自分に) 出来ることはこれしかないと、よくよく考えてのことでした。

東中野にいる間、武藤晴美は、

沢田には晴美として、心を病んだ、如何ばかりか薄幸な女に、
瑞枝には留美と称し、一人暮らしをしている瑞枝の娘の身代わりに、
直也には順子と称し、やや年上の、したい時にいつでもセックスできる便利な女に、

それぞれ、その役どころを巧みに演じ分けてみせます。それより他にないとばかりに、平気で、息をするように嘘をつきます。

この本を読んでみてください係数 85/100

◆明野 照葉
1959年東京都中野区生まれ。
東京女子大学文理学部社会学科卒業。

作品 「雨女」「魔性」「輪RINKAI廻」「新装版 汝の名」他多数

関連記事

『残穢』(小野不由美)_書評という名の読書感想文

『残穢』小野 不由美 新潮文庫 2015年8月1日発行 この家は、どこか可怪しい。転居したばかりの

記事を読む

『しゃもぬまの島』(上畠菜緒)_書評という名の読書感想文

『しゃもぬまの島』上畠 菜緒 集英社文庫 2022年2月25日第1刷 それは突然や

記事を読む

『鯖』(赤松利市)_書評という名の読書感想文

『鯖』赤松 利市 徳間書店 2018年7月31日初刷 読めば、地獄。狂気。そして、破滅。気持ち良

記事を読む

『暗いところで待ち合わせ』(乙一)_書評という名の読書感想文

『暗いところで待ち合わせ』 乙一 幻冬舎文庫 2002年4月25日初版 視力をなくし、独り静か

記事を読む

『二千七百の夏と冬』(上下)(荻原浩)_書評という名の読書感想文

『二千七百の夏と冬』(上下)荻原 浩 双葉文庫 2017年6月18日第一刷 [物語の発端。現代の話

記事を読む

『木洩れ日に泳ぐ魚』(恩田陸)_書評という名の読書感想文

『木洩れ日に泳ぐ魚』恩田 陸 文春文庫 2010年11月10日第一刷 舞台は、アパートの一室。別々

記事を読む

『父と私の桜尾通り商店街』(今村夏子)_書評という名の読書感想文

『父と私の桜尾通り商店街』今村 夏子 角川書店 2019年2月22日初版 違和感を

記事を読む

『桃源』(黒川博行)_「な、勤ちゃん、刑事稼業は上司より相棒や」

『桃源』黒川 博行 集英社 2019年11月30日第1刷 沖縄の互助組織、模合 (

記事を読む

『展望塔のラプンツェル』(宇佐美まこと)_書評という名の読書感想文

『展望塔のラプンツェル』宇佐美 まこと 光文社文庫 2022年11月20日初版第1刷

記事を読む

『トリップ』(角田光代)_書評という名の読書感想文

『トリップ』角田 光代 光文社文庫 2007年2月20日初版 普通の人々が平凡に暮らす東京近郊の街

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『オーブランの少女』(深緑野分)_書評という名の読書感想文

『オーブランの少女』深緑 野分 創元推理文庫 2019年6月21日

『揺籠のアディポクル』(市川憂人)_書評という名の読書感想文

『揺籠のアディポクル』市川 憂人 講談社文庫 2024年3月15日

『海神 (わだつみ)』(染井為人)_書評という名の読書感想文

『海神 (わだつみ)』染井 為人 光文社文庫 2024年2月20日

『百年と一日』(柴崎友香)_書評という名の読書感想文

『百年と一日』柴崎 友香 ちくま文庫 2024年3月10日 第1刷発

『燕は戻ってこない』(桐野夏生)_書評という名の読書感想文

『燕は戻ってこない』桐野 夏生 集英社文庫 2024年3月25日 第

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑