『エレジーは流れない』(三浦しをん)_書評という名の読書感想文

『エレジーは流れない』三浦 しをん 双葉社 2021年4月25日第1刷

海と山に囲まれた餅湯温泉。団体旅行客で賑わっていたかつての面影はとうにない。のどかでさびれた町に暮らす高校2年生の怜は、複雑な家庭の事情、迫りくる進路選択、自由奔放な友人たちに振りまわされ、悩み多き日々を送っている。そんななか、餅湯博物館から縄文式土器が盗まれたとのニュースが・・・・・・・。

毎日ひたすら平穏に暮らしたいと願う男子高校生の怜。けれどもお構いなしに騒動は降りかかる。なりたい職業、将来の夢。そんなものはなにもない!  モヤモヤした日常を吹き飛ばす青春群像小説! (双葉社)

著者の三浦しをんさん曰く、この作品は 「きらめかない青春小説」 であるらしい。

では思わず涙するような話かというと、そうでもありません。前向きか否かはこの際抜きにして、むしろやや滑稽な、その年代にありがちな若者のモラトリアムな様子が描かれています。

そして、その舞台となる温泉街には妙に明るい男女混声で間延びしたテンポの 「人類からあらゆるやる気を削ぎ取るために制作されたとしか思えない」、それでいて、「餅のごとく脳裏に貼りつく」 狂気の洗脳ソング 『餅湯温泉のテーマ』 が流れています。

おはだ~、もっちもっち、もちゆ~、もちゆおーんせーん~

この温泉街には、(まかり間違っても) 悲しい歌は似合いません。

[著者からのメッセージ]
この小説は、温泉街で暮らす高校生たちの話です。ぬるま湯に浸かっているみたいに、特に大きな事件もなく、将来への明確な夢もなく、かれらの日常はのんびりと過ぎていきます。私自身、高校生のころなどに 「いまが一番いい時期よ」 と大人からしばしば言われましたが、まったくピンと来なかったし、いま思い返しても 「若い=夢や希望にあふれている=いい時期」 だったとはちっとも思えません。ただ退屈で、さきが見えなくてちょっと不安で、でも友だちとおしゃべりしているのが楽しかったという感じです。事件や夢がなくても日常は営まれるよな、という思いをこめて書きました。そんな日常をおバカなノリで、けれど一生懸命に生きる登場人物たちを、応援していただければうれしいです。
                                         - 三浦しをん

「青春がきらめいている」 とは、その年頃のその人の状態の、あるいは周囲の状況の 「何がどうなっている」 ことを指すのでしょう? 

例えば。

「家は裕福で、両親共に健在で、本人は背が高くイケメンで文武両道、高校2年生ともなれば女子ともつきあい、それなりに経験もし、余裕があります。彼にとって女子とつきあうことはもはや日常で、さほど大したことではありません。将来に向けて明確なビジョンがあり、目指す大学があり、入りたいと思う学部も既に決まっています。目標に向かい、今は粛々と受験勉強に励んでいます。」

さて、問題です。上の文章にあるうち 「何と何が」 「どの程度」 の割合で揃っていれば、あなたは自分のことを 「キラキラした青春の真っ只中にいる」 と実感するのでしょう? この物語に登場する若者たちと同じに、あなたがかつて高校2年生だった頃のことをよーく思い出してください。 

楽しかったですか? 辛かったですか? 勉強は頑張りましたか? (大学へ行かせてもらうほどには) 家は裕福でしたか? 親はちゃんと二人揃っていましたか? そのころ描いた夢を、叶えることはできたでしょうか。   

自分で書いて自分で言うのも何ですが、恵まれた環境で育ち、人より優れた容姿や学力・体力を持ち、夢と希望に溢れ、迷い一つないような・・・・・・・ そんな高校生って、(あなたを含め) あなたの知る範囲にいたでしょうか? 

いるわけないと思うのですが。

この本を読んでみてください係数 80/100

◆三浦 しをん
1976年東京都生まれ。
早稲田大学第一文学部演劇専修卒業。

作品 「格闘する者に〇」「まほろ駅前多田便利軒」「舟を編む」「あの家で暮らす四人の女」「ののはな通信」「愛なき世界」他多数

関連記事

『義弟 (おとうと)』(永井するみ)_書評という名の読書感想文

『義弟 (おとうと)』永井 するみ 集英社文庫 2019年5月25日第1刷 克己と

記事を読む

『ケーキの切れない非行少年たち』(宮口幸治)_書評という名の読書感想文

『ケーキの切れない非行少年たち』宮口 幸治 新潮新書 2020年9月5日27刷 児

記事を読む

『宇喜多の捨て嫁』(木下昌輝)_書評という名の読書感想文

『宇喜多の捨て嫁』木下 昌輝 文春文庫 2017年4月10日第一刷 第一話  表題作より 「碁

記事を読む

『阿弥陀堂だより』(南木佳士)_書評という名の読書感想文

『阿弥陀堂だより』南木 佳士 文春文庫 2002年8月10日第一刷 作家としての行き詰まりを感じて

記事を読む

『折れた竜骨(上)』(米澤穂信)_書評という名の読書感想文

『折れた竜骨(上)』米澤 穂信 東京創元社 2013年7月12日初版 一人の老兵の死から、この

記事を読む

『悪人』(吉田修一)_書評という名の読書感想文

『悪人』吉田 修一 朝日文庫 2018年7月30日第一刷 福岡市内に暮らす保険外交

記事を読む

『織田作之助コレクション』 (重里哲也 編)_書評という名の読書感想文

『織田作之助コレクション』 重里哲也 編 ちくま文庫 2026年7月10日 第1刷発行 男女

記事を読む

『アルジャーノンに花束を/新版』(ダニエル・キイス)_書評という名の読書感想文

『アルジャーノンに花束を/新版』ダニエル・キイス 小尾芙佐訳 ハヤカワ文庫 2024年5月15日

記事を読む

『犬婿入り』(多和田葉子)_書評という名の読書感想文

『犬婿入り』多和田 葉子 講談社文庫 1998年10月15日第一刷 多摩川べりのありふれた町の学習

記事を読む

『エンド・オブ・ライフ』(佐々涼子)_書評という名の読書感想文

『エンド・オブ・ライフ』佐々 涼子 集英社文庫 2024年4月25日 第1刷 「理想の死」

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 ※ が付いている欄は必須項目です

『善人たち』 (遠藤周作)_書評という名の読書感想文

『善人たち』 遠藤 周作 新潮文庫 2026年9月1日 発行

『新しい恋愛』 (高瀬隼子)_書評という名の読書感想文

『新しい恋愛』 高瀬 隼子 講談社文庫 2026年8月12日 第1刷

『可燃物/県警捜査第一課葛警部』 (米澤穂信)_書評という名の読書感想文

『可燃物/県警捜査第一課葛警部』 米澤 穂信 文春文庫 2026年9

『わたしが・棄てた・女』 (遠藤周作)_書評という名の読書感想文

『わたしが・棄てた・女』 遠藤 周作 新潮文庫 2026年9月1日

『大人のための残酷童話』 (倉橋由美子)_書評という名の読書感想文

『大人のための残酷童話』 倉橋 由美子 新潮文庫 2015年6月5日

→もっと見る




  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑