『姫君を喰う話/宇能鴻一郎傑作短編集』(宇能鴻一郎)_書評という名の読書感想文

『姫君を喰う話/宇能鴻一郎傑作短編集』宇能 鴻一郎 新潮文庫 2021年8月1日発行

姫君を喰う話―宇能鴻一郎傑作短編集―(新潮文庫)

ただならぬ小説がここにある。官能の巨匠か、文芸の鬼才か。戦慄の表題作をはじめ、鬼気迫る芥川賞受賞作 「鯨神」 など、人間の深淵を容赦なく抉る至高の六編。

煙と客が充満するモツ焼き屋で、隣席の男が語り出した話とは・・・・・・・ 戦慄の表題作。巨鯨と人間の命のやりとりを神話にまで高めた芥川賞受賞作 「鯨神」、すらりとした小麦色の脚が意外な結末を呼ぶ 「花魁小桜の足」、村に現れた女祈禱師の異様な事件 「西洋祈りの女」、倒錯の哀しみが詩情を湛える 「ズロース挽歌」、石汁地蔵の奇怪なる物語 「リソペディオンの呪い」。圧倒的な迫力に満ちた至高の六編。(新潮文庫)

姫君を喰う話  解説者・篠田節子の中学三年生時の記憶

導入は、女子中学生にとっては食欲が減退しそうな内臓料理の蘊蓄で、続いて第一の語り手 「私」 がモツ焼き屋で出会った無遠慮な客に、性と食についての悪趣味な話を延々と聞かせる場面となる。子供にとって生理的嫌悪感を催す話ばかりだが、いやらしい大人の世界への好奇心いっぱいで読み進む。

後半、語り手が 「虚無僧 (こむそう)」 に変わると、雰囲気は一変。流麗な語り口で不穏さを秘めた物語文学が始まる。斎宮 (いつきのみや) が禊ぎを行う桂川の対岸に立ち上る鬼火、水につけられ震えている斎宮を気遣う警護の武者の気持ちが恋慕に変わり、野の宮の縁の下での何とも匂やかな情交場面に移っていく。やがて御所の中で不穏な噂が立ち、斎宮の追補を怖れた武者は姫君を背負い鞍馬の山中へと逃げるのだが・・・・・・・(続く)

※この作品は、愛するあまり、死して尚離れ難い姫を食した武者の末路を描いています。精緻で詩情溢れる官能描写、鬼と化した武者の厳粛な悲しみを存分に味わってください。

鯨神

「鯨神」 は昭和三十六年度、第四十六回芥川賞受賞作であり、著者の代表作の一つとされる。明治初期、捕鯨で栄えた九州の小漁村を舞台に、親族の多くを巨鯨に殺された刃刺しの青年が、巨鯨と凄絶な戦いを繰り広げる。

主人公と流れ者の紀州男、幼なじみの女、鯨名主とその娘、登場人物たちの生き生きとした動きと、主人公の真っ直ぐな心情、産業としての捕鯨を超えてたかが海の哺乳類と命のやりとりをする漁師たちの矜持。何ともみずみずしく勇壮な作品で、老練な文章を駆使しながらも二十代の若者の才気とエネルギーがほとばしる。

土俗的世界を舞台に単なる巨鯨と人との戦いを描いた冒険小説ではないことは、「鯨神」 というタイトルからして明らかだ。生と性と死が濃密に関わり合う村落社会の中で、荒ぶる神であるとともに、豊饒をもたらす神としての巨大な哺乳類への畏敬の念が捕鯨の技術とともに継承されてきたことが作中のエピソードにうかがえる。

これは神に挑んで神を殺した英雄の物語でもあり、主人公の苦痛に満ちた最期に鯨神と一体化していく描写に漂うのは、土俗を超えた宗教的感情である。(解説より)

※著者二十七歳の作品。青年と巨鯨の凄絶なやりとりは、時を超え年代を超え、等しく真に迫り、心を打つに違いありません。さすが芥川賞受賞作だけのことはあります。ぜひにも読んでほしいと思う一作です。

この本を読んでみてください係数  85/100

姫君を喰う話―宇能鴻一郎傑作短編集―(新潮文庫)

◆宇能 鴻一郎
1934年北海道札幌市生まれ。
東京大学文学部国文学科卒業後、同大学院博士課程中退。

作品 「逸楽」「血の聖壇」「痺楽」「べろべろの、母ちゃんは・・・・・・・」「むちむちぷりん」「夢十夜 双面神ヤヌスの谷崎・三島変化」他多数

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