『歪んだ波紋』(塩田武士)_書評という名の読書感想文
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『歪んだ波紋』(塩田武士), 作家別(さ行), 塩田武士, 書評(や行)
『歪んだ波紋』塩田 武士 講談社文庫 2021年11月16日第1刷
マスコミの 「本性」 「ニュース」 という名の悪意
地方紙記者の沢村は、調査報道チームのデスクから一枚の写真を見せられる。同僚記者が、ひき逃げ事件の犯行車両とスクープしたものだ。「この車、遺族宅にあるらしい」。沢村は取材へ急行する。犯人は家族なのか (「黒い依頼」)。「誤報」 を通じて現代社会の虚と実に迫る、著者会心の傑作。吉川英治文学新人賞受賞作。(角川文庫)
[目次]
黒い依頼
共犯者
ゼロの影
Dの微笑
歪んだ波紋 (解説 武田砂鉄)
今在る世界や社会の状況について - TVや新聞、ネット等で日々報道されるニュースについて、本当にそれは “その通りなんだろうか” と疑ったことはありますか? 端から正しいこととして、鵜呑みにしてはいないでしょうか。
もしもその情報が巧妙に歪められていたとしたら、どうでしょう。何らかの利益を得ることや意図的に騙すことを目的に仕組まれた “フェイク” だったとしたら・・・・・・・
本書は、「事実」 の在り方をめぐる物語だ。情報が錯綜し、飛び交い続ける社会にあって、一体、誰がどうやって物事の事実を定めるのだろう。
「美沙は記者クラブが当然のシステムだと思っていた。しかし、大半が民間企業である新聞社や放送局は、一体何の 『資格』 があって第一級の情報を独占しているのか。情報を発信する人とそれを受け取る人が、直接結びつく時代。双方向性と透明性が求められる中で、記者クラブのような問屋の存在が、美沙には浮いているように見えた」
・・・・・・・コロナ禍で首相会見が度々開かれたが、なぜか質問は1問に限られ、首相が曖昧に答えたとしても、次の質問に移行していく。(後略)
「以前から申し上げている通り」 「繰り返しになりますが」 「~というのが事実なんだろうと思います」 と言った言葉遣いを政治家は好む。これを繰り返していると、既成事実っぽくなるからだ。
目の前に置いてあったのがリンゴでも、「昨日も同様の質問をいただきましたが、あれはミカンであったと考えています。専門家に分析を依頼したものであり、新たに調査をすることは考えておりません」 と返してくる。すると、ネットでは 「ミカンだって言ってるのに、いつまでリンゴだと主張するんだWWW」 との声が出てきて、そのうち、「リンゴだと主張する反対派グループが集会を行った」 なんてニュースが出てくる。いや、だから、どう考えても、リンゴだったのに。
事実というのは微調整できるものではないが、残念ながら権力者という生き物は、事実を微調整する。いや、豪快に調整する。黒をひっくり返して白にする。そういう調整に挑んでいかなければならないのがメディアなのだが、この時代はむしろ、メディアに対する疑いの目が強まっている。(解説より)
そのメディアがする報道が、もしも “誤報” であったとしたら、どうでしょう。功名心に逸るがために、裏付けもなく発表されたスクープであったり、何らかの意図のもとに、まことしやかに仕組まれた “フェイク” だったとしたら・・・・・・・
五話ある話は、すべてが繋がっています。
ある町の市長選の話に、死亡ひき逃げ事件。大阪市大正区南恩加島にある木造2階建てアパートが全焼した件と、サラ金問題に絡む話。韓国語専門の語学学校で働く野村美沙が挑む、盗撮事件について。セクハラ事件と、滋賀の病院で入院患者8人が相次いで死亡した事件の話。そして最後に 「ファクト・ジャーナル」 の三反園邦雄の過信と失敗について、等々。
大手新聞社で働く社員と元社員をモデルに、ジャーナリストとしての矜持のあり方と、ジャーナリズムに向けた警鐘が縷々綴られています。
この本を読んでみてください係数 85/100
◆塩田 武士
1979年兵庫県生まれ。
関西学院大学社会学部卒業。
作品 「盤上のアルファ」「女神のタクト」「ともにがんばりましょう」「崩壊」「拳に聞け! 」「雪の香り」「氷の仮面」「罪の声」他
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