『夜が暗いとはかぎらない』(寺地はるな)_書評という名の読書感想文

『夜が暗いとはかぎらない』寺地 はるな ポプラ文庫 2021年6月5日第1刷

人助けをする不思議なマスコットが、町の人たちを変えていく -

大阪市近郊にある暁町。閉店が決まった 「あかつきマーケット」 のマスコット・あかつきんが突然失踪した。かと思いきや、町のあちこちに出没し、人助けをしているという。いったい、なぜ - ? だが、その思いがけない行動が、いつしか町の人たちを少しずつ変えていく。いま最注目の著者が、さまざまな葛藤を抱えながら今日も頑張る人たちに寄りそう、心にやさしい明かりをともす13の物語。(ポプラ文庫)

来人が一歩踏み出す。ねずみだか猫だか犬だかさっぱりわからない生きものの巨大な頭部を脇に抱えて。

自分の身体を見おろしてみる。赤い手袋をはめた手。もふもふした水色の着ぐるみをまとった身体は、もうすでに自分のものではないように感じられる。胴の部分はワンピースのように頭からかぶれるようになっている。裾はきゅっと狭まっており、足にはく長靴部分は三十五センチもあって、歩くのに苦労する。歩幅が狭いのに足が大きい。一歩歩くだけで疲れてしまう。

身体が重い。長袖のTシャツにデニムという来人の身軽さがはやくもうらやましい。
なんで、着ぐるみなんか着ることになったんだろう。

着ぐるみはただの着ぐるみではない。ちゃんとあかつきんという名前がある。

よっぽど不安そうな顔をしてしまっていたのだろう。来人の手が肩に置かれる。
心配すんな。なんにもこわいことあらへん
これ、頭にかぶったら
うん
かぶったら、どうなるんやったっけ
世界が違って見える
世界が違って見える。そんな魔法みたいなことは、信じていないけれども。

そしたら、いくで
返事をする前にすぽっと着ぐるみの頭部をかぶせられた。目の部分から見える来人の顔は、存外くっきりしている。ただ、遠い。ひどく遠く見える。

どう?
重い
着ぐるみの頭部は大きい。ずっとかぶっていたら首が疲れそうだ。その大きさゆえに内側は広くて、想像していたほどには閉塞感がない。

鏡見てみ
来人に手をひかれて、姿見の前に立つ。
おそるおそる手を振ってみると、鏡の中のあかつきんが、なにやらおどおどした様子で手を振りかえす。
(P6 ~ 8 一部略)

寺地はるなの (4冊目)、『夜が暗いとはかぎらない』 を読みました。

大阪近郊の町、暁町にある 「あかつきマーケット」 の、垢抜けないマスコット・キャラクター 「あかつきん」 は、人物を変え、次々と繋がっていく物語の “触媒” のような役割を果たしています。

決して自らが主役になることはありません。そして、あかつきんとして街を歩いた一年を振り返り、改めて思い知るのでした。

たくさんの人がここで生きているんだと。

自分以外のすべての人は強くて大人で、たくましく人生を楽しんでいるように見えたけれど、実は、そうでもないのかもしれない。もしかしたら、弱さやあさましい気持ちや泣きごとや嫉妬を内側に隠して、無理から他人には笑顔を見せているのだと。

しみじみとそう思う着ぐるみの、中身は一体誰なのでしょう?

この本を読んでみてください係数 80/100

◆寺地 はるな
1977年佐賀県唐津市生まれ。大阪府在住。
高校卒業後、就職、結婚。35歳から小説を書き始める。

作品 「ビオレタ」「ミナトホテルの裏庭には」「大人は泣かないと思っていた」「わたしの良い子」「正しい愛と理想の息子」「水を縫う」他

関連記事

『サキの忘れ物』(津村記久子)_書評という名の読書感想文

『サキの忘れ物』津村 記久子 新潮社 2020年6月25日発行 見守っている。あな

記事を読む

『人間失格』(太宰治)_書評という名の読書感想文

『人間失格』太宰 治 新潮文庫 2019年4月25日202刷 「恥の多い生涯を送っ

記事を読む

『夜中に台所でぼくはきみに話しかけたかった』(谷川俊太郎)_書評という名の読書感想文

『夜中に台所でぼくはきみに話しかけたかった』谷川 俊太郎 青土社 1975年9月20日初版発行

記事を読む

『夜蜘蛛』(田中慎弥)_書評という名の読書感想文

『夜蜘蛛』田中 慎弥 文春文庫 2015年4月15日第一刷 芥川賞を受賞した『共喰い』に続く作品

記事を読む

『よるのふくらみ』(窪美澄)_書評という名の読書感想文

『よるのふくらみ』窪 美澄 新潮文庫 2016年10月1日発行 以下はすべてが解説からの抜粋です

記事を読む

『レディ・ジョーカー』(高村薫)_書評という名の読書感想文

『レディ・ジョーカー』(上・下)高村 薫 毎日新聞社 1997年12月5日発行 言わずと知れた、

記事を読む

『噛みあわない会話と、ある過去について』(辻村深月)_書評という名の読書感想文

『噛みあわない会話と、ある過去について』辻村 深月 講談社文庫 2021年10月15日第1刷

記事を読む

『ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。』(辻村深月)_書評という名の読書感想文

『ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。』辻村 深月 講談社 2009年9月14日第一刷 辻村深月がこの小説で

記事を読む

『セイジ』(辻内智貴)_書評という名の読書感想文

『セイジ』 辻内 智貴 筑摩書房 2002年2月20日初版 『セイジ』 が刊行されたとき、辻内智

記事を読む

『つけびの村』(高橋ユキ)_最近話題の一冊NO.1

『つけびの村』高橋 ユキ 晶文社 2019年10月30日4刷 つけびして 煙り喜ぶ

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『おまえレベルの話はしてない』(芦沢央)_書評という名の読書感想文

『おまえレベルの話はしてない』芦沢 央 河出書房新社 2025年9月

『絶縁病棟』(垣谷美雨)_書評という名の読書感想文

『絶縁病棟』垣谷 美雨 小学館文庫 2025年10月11日 初版第1

『木挽町のあだ討ち』(永井紗耶子)_書評という名の読書感想文

『木挽町のあだ討ち』永井 紗耶子 新潮文庫 2025年10月1日 発

『帰れない探偵』(柴崎友香)_書評という名の読書感想文

『帰れない探偵』柴崎 友香 講談社 2025年8月26日 第4刷発行

『野火の夜/木部美智子シリーズ』(望月諒子)_書評という名の読書感想文

『野火の夜/木部美智子シリーズ』望月 諒子 新潮文庫 2025年10

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑