『夜が暗いとはかぎらない』(寺地はるな)_書評という名の読書感想文
公開日:
:
最終更新日:2024/01/06
『夜が暗いとはかぎらない』(寺地はるな), 作家別(た行), 寺地はるな, 書評(や行)
『夜が暗いとはかぎらない』寺地 はるな ポプラ文庫 2021年6月5日第1刷
人助けをする不思議なマスコットが、町の人たちを変えていく -
大阪市近郊にある暁町。閉店が決まった 「あかつきマーケット」 のマスコット・あかつきんが突然失踪した。かと思いきや、町のあちこちに出没し、人助けをしているという。いったい、なぜ - ? だが、その思いがけない行動が、いつしか町の人たちを少しずつ変えていく。いま最注目の著者が、さまざまな葛藤を抱えながら今日も頑張る人たちに寄りそう、心にやさしい明かりをともす13の物語。(ポプラ文庫)
来人が一歩踏み出す。ねずみだか猫だか犬だかさっぱりわからない生きものの巨大な頭部を脇に抱えて。
自分の身体を見おろしてみる。赤い手袋をはめた手。もふもふした水色の着ぐるみをまとった身体は、もうすでに自分のものではないように感じられる。胴の部分はワンピースのように頭からかぶれるようになっている。裾はきゅっと狭まっており、足にはく長靴部分は三十五センチもあって、歩くのに苦労する。歩幅が狭いのに足が大きい。一歩歩くだけで疲れてしまう。
身体が重い。長袖のTシャツにデニムという来人の身軽さがはやくもうらやましい。
なんで、着ぐるみなんか着ることになったんだろう。
着ぐるみはただの着ぐるみではない。ちゃんと 「あかつきん」 という名前がある。
よっぽど不安そうな顔をしてしまっていたのだろう。来人の手が肩に置かれる。
「心配すんな。なんにもこわいことあらへん」
「これ、頭にかぶったら」
「うん」
「かぶったら、どうなるんやったっけ」
「世界が違って見える」
世界が違って見える。そんな魔法みたいなことは、信じていないけれども。
「そしたら、いくで」
返事をする前にすぽっと着ぐるみの頭部をかぶせられた。目の部分から見える来人の顔は、存外くっきりしている。ただ、遠い。ひどく遠く見える。
「どう? 」
「重い」
着ぐるみの頭部は大きい。ずっとかぶっていたら首が疲れそうだ。その大きさゆえに内側は広くて、想像していたほどには閉塞感がない。
「鏡見てみ」
来人に手をひかれて、姿見の前に立つ。
おそるおそる手を振ってみると、鏡の中のあかつきんが、なにやらおどおどした様子で手を振りかえす。(P6 ~ 8 一部略)
寺地はるなの (4冊目)、『夜が暗いとはかぎらない』 を読みました。
大阪近郊の町、暁町にある 「あかつきマーケット」 の、垢抜けないマスコット・キャラクター 「あかつきん」 は、人物を変え、次々と繋がっていく物語の “触媒” のような役割を果たしています。
決して自らが主役になることはありません。そして、あかつきんとして街を歩いた一年を振り返り、改めて思い知るのでした。
たくさんの人がここで生きているんだと。
自分以外のすべての人は強くて大人で、たくましく人生を楽しんでいるように見えたけれど、実は、そうでもないのかもしれない。もしかしたら、弱さやあさましい気持ちや泣きごとや嫉妬を内側に隠して、無理から他人には笑顔を見せているのだと。
しみじみとそう思う着ぐるみの、中身は一体誰なのでしょう?
この本を読んでみてください係数 80/100
◆寺地 はるな
1977年佐賀県唐津市生まれ。大阪府在住。
高校卒業後、就職、結婚。35歳から小説を書き始める。
作品 「ビオレタ」「ミナトホテルの裏庭には」「大人は泣かないと思っていた」「わたしの良い子」「正しい愛と理想の息子」「水を縫う」他
関連記事
-
『ディス・イズ・ザ・デイ』(津村記久子)_書評という名の読書感想文
『ディス・イズ・ザ・デイ』津村 記久子 朝日新聞出版 2018年6月30日第一刷 なんでそんな吐瀉
-
『冬雷』(遠田潤子)_書評という名の読書感想文
『冬雷』遠田 潤子 創元推理文庫 2020年4月30日初版 因習に縛られた港町。1
-
『ようこそ、わが家へ』(池井戸潤)_書評という名の読書感想文
『ようこそ、わが家へ』池井戸 潤 小学館文庫 2013年7月10日初版 この本は半沢ブームの
-
『おいしいごはんが食べられますように』(高瀬隼子)_書評という名の読書感想文
『おいしいごはんが食べられますように』高瀬 隼子 講談社 2022年8月5日第8刷
-
『指の骨』(高橋弘希)_書評という名の読書感想文
『指の骨』高橋 弘希 新潮文庫 2017年8月1日発行 太平洋戦争中、激戦地となった南洋の島で、野
-
『しろがねの葉』(千早茜)_書評という名の読書感想文
『しろがねの葉』千早 茜 新潮社 2023年1月25日3刷 男たちは命を賭して穴を
-
『たまさか人形堂ものがたり』(津原泰水)_書評という名の読書感想文
『たまさか人形堂ものがたり』津原 泰水 創元推理文庫 2022年4月28日初版 人
-
『これからお祈りにいきます』(津村記久子)_書評という名の読書感想文
『これからお祈りにいきます』津村 記久子 角川文庫 2017年1月25日初版 高校生シゲルの町には
-
『私のことならほっといて』(田中兆子)_書評という名の読書感想文
『私のことならほっといて』田中 兆子 新潮社 2019年6月20日発行 彼女たちは
-
『二十歳の原点』(高野悦子)_書評という名の読書感想文
『二十歳の原点』高野 悦子 新潮文庫 1979年5月25日発行 独りであること、未熟であることを認