『出身成分』(松岡圭祐)_書評という名の読書感想文

『出身成分』松岡 圭祐 角川文庫 2022年1月25日初版

出身成分 (角川文庫)

貴方が北朝鮮に生まれていたら、この物語は貴方の人生である
脱北者の証言に基づく - 史上初、平壌郊外での殺人事件を描くミステリ文芸

保安署員クム・ヨンイルは11年前の殺人・強姦事件の再調査を命じられる。しかし結果は杜撰で強引な捜査を再確認するだけだった。医師で最上位階級である 「核心階層」 に属していたヨンイルの父も、大物政治家の暗殺容疑で収容されていた。再捜査に父への思いが重なり自国の体制に疑問を抱いたヨンイルは、ついに真犯人らしき男にたどり着くが・・・・・・・。鉄壁な国家が作り出す恐怖と個人の尊厳を緻密に描き出す、衝撃の社会派ミステリ。(角川文庫)

かの独裁者が統治している国の名前が [朝鮮民主主義人民共和国] です。あの国の、どこが民主主義で、どこが共和国なんでしょう? 悪い冗談としか思えません。

隣国 「北朝鮮」 で暮らす人々は、(ごく一部を除き) 誰もが 「出身成分」 に基づいて生きています。社会はその集合体で、人々は子孫をより良い出身成分にするために日々精進しています。そしてその 「出身成分」 は、国の役人が決定します。

一番上に位置する 「核心階層」 は、都市部に住むことが許される特権階級。それに続く 「動揺階層」 は、国民のおよそ半分が属する中間層で、大多数が地方住まいで許可がなければ平壌に入ることもできない。そして最下層の 「敵対階層」 は、国への反抗の可能性が高いと見做されたひとびとが属し、特別な監視のもと、進学や昇進といった資格さえも剥奪される。この区分が家系の三代前まで遡り、ひとりひとりに下されるのだ。もちろんこれらの階層は終生変わらないわけではなく、なにか違反行為や疑いが掛けられれば個人だけでなく家族もろとも降格される恐れもある。なんとも無慈悲なシステムが国民を縛り付けているのだ。(解説より)

「出身成分」 という極めて不等で劣悪な差別意識が、この物語の主人公・ヨンイルの人生に非情なまでの葛藤と重圧でのしかかり、選ぶことなど不可能な 「選択」 を迫ることになります。

ヨンイルが再調査を命じられたのは、11年前に起きた殺人と強姦事件についてでした。

当時四十五歳の男性ペク・グァンホの家から騒音と女性の悲鳴が聞こえ、近所の住人イ・ベオクが駆けつけると、グァンホは刺殺され、床に倒れていた十七歳の娘チョヒは強姦されていたことが判明する。残された体液を調べたところ、父グァンホ、第一発見者のベオク、どちらのものでもなかったが、周囲の状況や証言からベオクが容疑者として扱われ、そのまま現在に至っていた。

ベオクとの接見後、ヨンイルは同僚のカン・ポドンとともに強姦の被害者であるチョヒを訪ねる。老いて弱った叔父夫婦と住む、その物置然とした小屋を見たヨンイルは当惑を募らせる。壁に無数の紙が貼られており、なんとそれは十一年前の事件についての捜査資料をコピーしたものだった。保安署から持ち出せるはずのない文書がなぜ?

チョヒに話を聞くと、強姦されたことで除け者にされ、ひどい差別を受けていることがわかり、ヨンイルは憤りを覚える。するとチョヒは事件について 「わたしに乱暴したのは父です」 という言葉と父親からの日常的な虐待があったことを告白する。だとすると、体液の検査になにか不備があったのか? ではグァンホを殺害したのは一体誰なのか?

最初、ヨンイルは、単なる田舎の過去の事件の再調査だと思っていました。ところが、調べるうち、事件の概要について腑に落ちない点が次々と明らかになっていきます。

捜査は概して杜撰で、当時作成されたであろう事件に関する詳細な資料が見当たりません。総じて村人や証言者の口は重く、それでも執拗に問い質すと、さも当然のように賄賂を要求します。もとより、自分の成分に不利になるような証言は一切しません。偏った体制下での犯罪捜査は、困難を極めます。

やがてヨンイルは過去の捜査過程の中に、仕組まれたかのような、ある不穏な気配を感じ取ります。謎が解け、全てが詳らかになるや否や、今度は、ヨンイルの人生そのものが、思いもしなかった方向へ大きく舵を切ることになります。

この本を読んでみてください係数 85/100

出身成分 (角川文庫)

◆松岡 圭祐
1968年愛知県生まれ。

作品 デビュー作 「睡眠」 がミリオンセラーに。「千里眼」シリーズ、「万能鑑定士Q」シリーズ、他に 「ミッキーマウスの憂鬱」「黄砂の籠城」「高校事変」シリーズ他多数

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