『くらやみガールズトーク』(朱野帰子)_書評という名の読書感想文
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『くらやみガールズトーク』(朱野帰子), 作家別(あ行), 書評(か行), 朱野帰子
『くらやみガールズトーク』朱野 帰子 角川文庫 2022年2月25日初版
「わたし、定時で帰ります。」 シリーズが話題! ”社会の不平等感” を吹き飛ばす、一気読みの物語!
小さい頃から 「女らしく」 を押しつけられてきた - 。そもそも時短や子育てを求められるのはどうして女ばかり? 結婚では夫の名字になるのはどうして? 恋愛、引っ越し、結婚、出産、子育て、親の介護など、人生の節目で変化する人間関係の中で、女性たちが人に言えず背負い込んでいる気持ち - くらやみから届く女子たちの本音の物語。私たちはもう一度、生まれ変わる。社会の “不平等” と戦う女性たちを解放する応援歌! (角川文庫)
8話ある中の最終話 「帰り道」 より
妹なんか生まれてこなければいい。
日本昔ばなしに出てくる子供はほとんどがいい子だ。悪者は欲の皮が張ったおじいさん。鈴音は子供なのに、悪いおじいさんみたいなことを考えている。
妹さえ生まれなければ、鈴音はいい子だった。お母さんに可愛がってもらえた。
涙は止まらない。寒かった。スニーカーの中の爪先が冷えてきた。指を動かしていないと凍りそうだ。手も冷たい。もう泣くのをやめないともっと冷えてしまう。
鈴音の、九十八歳になるひいおばあちゃんが亡くなった直後の出来事でした。「お葬式の相談があるから、先に帰ってなさい」 とお母さんに言われ、病院からの帰り、鈴音が一人で乗ったバスでのことでした。
練馬駅のロータリーから荻窪駅行きのバスに乗ったはずの鈴音は、どこか、いつもと違う気配を感じています。バスの天井近くにある広告用の枠の中は真っ白で、広告はひとつもありません。
左に曲がるはずだと思うと、バスは右へ曲がります。次こそ左だ。そう思うのですが、またもやバスは右に曲がります。そんなときのことでした。お客さんたちの中から、一人のおばあさんが苦しそうに抜けでてきたのは - 。
運転手さんは猛スピードでバスを運転している。
鈴音は手を差し出した。
「ありがとう」
おばあさんは鈴音の手を強く握った。石のように冷たい。手をひっこめたくなった時にはもう、おばあさんは隣に腰をおろしていた。消毒液みたいなにおいがした。
「鈴音ちゃんかね? 」
鈴音は息をのんだ。どうして名前を知っているんだろう。知らない人と話してはいけないと言われている。身を硬くした。しかし、
「このバスがどこへ行くか知ってるの」
と尋ねられると、つい答えてしまった。
「知らない」
おばあさんは何度かうなずいた。
「これはね、死んだ人が乗るバスよ、きっと」
意味がわからない。鈴音は激しく首を振った。
「私は死んでない」
「そうかねえ」
「まだ小学生だし、まだ死なない。お母さんが言ってた。死ぬのはおばあさんになってからだって」
おばあさんはしばらく黙って、そして言った。
「それはそうだね。その通りだ。でもね、鈴音ちゃん。おばあちゃんは何度もこのバスに乗ったことがあってね、それで考えたんだけど、人間は生きながら死ぬってことがあるんだと思うのね」
やっぱり意味がわからない。変なおばあさん。
*
「おばあちゃんはね、何度もこのバスに乗ったことがあるの」
それはさっき聞いた。
「初めて振り袖を着た時も乗った。好きな人ができた時も乗った。お嫁に行った時も。そうそう、子供を産んだ時も乗ったんだった。ずいぶん乗ったものでしょう? 」
おばあさんの話はよくわからなかった。鈴音は下を向いていた。
※前もって断っておきますと、(目次を見れば何とはなく想像できるのですが) この短編集は “楽しくガハハと” 笑えるものではありません。むしろ不穏で、”怪談” に似た話ばかりが並んでいます。
この本を読んでみてください係数 80/100
◆朱野 帰子
1979年東京都中野区生まれ。
早稲田大学第一文学部卒業。
作品 「マタタビ潔子の猫魂」「海に降る」「わたし、定時で帰ります。」「超聴覚者 七川小春 真実への潜入」「真壁家の相続」「対岸の家事」他多数
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