『夜はおしまい』(島本理生)_書評という名の読書感想文
公開日:
:
最終更新日:2024/01/06
『夜はおしまい』(島本理生), 作家別(さ行), 島本理生, 書評(や行)
『夜はおしまい』島本 理生 講談社文庫 2022年3月15日第1刷
誰か、私を遠くに連れて行って。- 神父の金井のもとを訪れた四人の女性には、秘密があった。
数合わせで出たミスコンの順位は、八人中八位だった。無遠慮に自分の価値を決められた日、琴子は北川に声をかけられる。たいして大事にしてくれない北川でも、誘われると断れないのは、誰かに求められていると安心するからか - 。琴子は神父の金井に、信仰の意味を問う。女性の 「生」 と 「性」 を描いた新たな傑作。(講談社文庫)
これは著者にとって最後の純文学小説です。中々に難しい。
女性の 「生」 と 「性」 を描くのに、金井という名の 「神父」 が登場し、「神」 の存在が問われることになります。
四編に出てくる女性たちは、金井神父との接触によって、キリスト教を身近で感じ、信じることや赦されることを常に逡巡しながら生活している。しかし彼女たちは宗教を信仰しているのかというと、そのコミュニティに深く属することもしない。信仰を軽んじている節もあり、神に向けられた視線は常にどこか懐疑的だ。
*
彼女たちは傷つくことによって、何を信じるのかを選んでいるのかもしれないのだと、読み進めながら感じたのだった。積極的に不正解らしきものに手を伸ばし、自傷にも近い言動を繰り返す。そのことによって、この身に起こる様々な不条理をあぶり出しているようにも。(解説より)
四人が四人共に、なぜ 「神」 なのか? なぜ金井神父なのかはわかりません。わからないのですが、彼女たちは、図ったように (ある意味非常によいタイミングで) 金井神父と会い、「神」 についてを語り合います。(解説にあるように) それはいささか懐疑的なものではありますが。
四話ある中の第一話を紹介します。
「夜のまっただなか」 で琴子は、大学のミスキャンパスに出て、属する世界において自身の価値の低さを残酷にも突きつけられる。その動揺と失意は相当たるものだろう。ミスキャンパスに出場するアクション自体、傷つくことに手を伸ばしているようにも感じられるのだが、微かな自信すらもくじけた際、とっさに心の穴を埋めてくれる何かを即座に拵えるのは難しい。
そんな時に舞い降りるのは、本来、神 - イエス・キリストであるはずだった。しかし彼女を一時的に救ったのは、どこか胡散臭さの拭いきれない北川であって、まんまと彼の言葉と体の中でころがされる。北川に慰めてもらうことに琴子はすがり、心を傾けていく。その様子からは、どこか自傷行為にも近い憐憫を感じ取って息を呑む。どうしてそっちにいってしまうの、と。
女性がどれだけ主体的に動いているように見えても、受け皿として機能し、搾取されていると世間に鋭敏に感知され、断言されがちな風潮があることは現代社会においても否めない。主体性と搾取とを切り離して語られることは少なく、被害者の立場を課せられることも多い。だからこそ、たとえ自分の目に映る世界であっても、自分の身を粗末にすることと純愛を貫くことの境目は、曖昧になりがちなのだ。
しかしそこで、自分を粗末にすることと、自分の体を好きにさせることは違うのだと、新たな言葉で二択を提案されたらどうだろう。琴子の行いは、罪深いものといえるのだろうか? (解説の続き)
人は時々、間違っているのは百も承知で、それでもそのまま突き進んでしまいたくなるような、理屈では上手く説明できない情動に逆らえなくなるような、そんなことがありはしないでしょうか。琴子のことを言っているわけではありません。彼女は存外、冷静ではないかと。
この本を読んでみてください係数 85/100
◆島本 理生
1983年東京都板橋区生まれ。
立教大学文学部中退。
作品 「シルエット」「リトル・バイ・リトル」「生まれる森」「一千一秒の日々」「大きな熊が来る前に、おやすみ。」「ファーストラブ」「夏の裁断」他多数
関連記事
-
『きみは誤解している』(佐藤正午)_書評という名の読書感想文
『きみは誤解している』佐藤 正午 小学館文庫 2012年3月11日初版 出会いと別れ、切ない人生に
-
『許されようとは思いません』(芦沢央)_書評という名の読書感想文
『許されようとは思いません』芦沢 央 新潮文庫 2019年6月1日発行 あなたは絶
-
『夢に抱かれて見る闇は』(岡部えつ)_書評という名の読書感想文
『夢に抱かれて見る闇は』岡部 えつ 角川ホラー文庫 2018年5月25日初版 男を初めて部屋に上げ
-
『さよなら、田中さん』(鈴木るりか)_書評という名の読書感想文
『さよなら、田中さん』鈴木 るりか 小学館 2017年10月17日初版 花実はじつにあっけらかん
-
『かたみ歌』(朱川湊人)_書評という名の読書感想文
『かたみ歌』 朱川 湊人 新潮文庫 2008年2月1日第一刷 たいして作品を読んでいるわけではな
-
『雪が降る』(藤原伊織)_書評という名の読書感想文
『雪が降る』藤原 伊織 角川文庫 2021年12月25日初版 〈没後15年記念〉
-
『翼』(白石一文)_書評という名の読書感想文
『翼』白石 一文 鉄筆文庫 2014年7月31日初版 親友の恋人である、ほとんど初対面の男から結婚
-
『第8監房/Cell 8』(柴田 錬三郎/日下三蔵編)_書評という名の読書感想文
『第8監房/Cell 8』柴田 錬三郎/日下三蔵編 ちくま文庫 2022年1月10日第1刷
-
『誘拐』(本田靖春)_書評という名の読書感想文
『誘拐』本田 靖春 ちくま文庫 2005年10月10日第一刷 東京オリンピックを翌年にひかえた19
-
『起終点駅/ターミナル』(桜木紫乃)_書評という名の読書感想文
『起終点駅/ターミナル』桜木 紫乃 小学館文庫 2015年3月11日初版 今年の秋に映画にな