『アポロンの嘲笑』(中山七里)_書評という名の読書感想文
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最終更新日:2023/09/11
『アポロンの嘲笑』(中山七里), 中山七里, 作家別(な行), 書評(あ行)
『アポロンの嘲笑』中山 七里 集英社文庫 2022年6月6日第7刷
東日本大震災直後に起きた殺人事件。原発作業員として働いていた被害者と加害者の間に何があったのか? 逮捕された容疑者の加瀬は、殺された男の親友だった。ところが彼は余震の混乱に乗じて逃走。福島県石川警察署の仁科は加瀬を、そして彼の生い立ちを追う。やがて、加瀬がある場所へと向かっていることが判明。彼の目的は何なのか? 浮上する驚愕の事実とは? 怒涛の社会派サスペンス! (集英社文庫)
【本文より】
福島県警石川警察署刑事課に 〈管内に殺人事件発生〉 の報が飛び込んできたのは3月16日午後11時45分のことだった。現場は石川郡平田村、殺害されたのは世帯主金城和明の長男純一、30歳。近隣住民の報せを聞いて駆けつけた平田駐在所の巡査によって、既に被疑者は確保されているという。
本来ならば刑事課から何人かを派遣して被疑者を引っ張ってくる手筈なのだが、ここ数日の署内は異常事態であり、日常業務どころか人員の確保すら困難な状況だった。中には未だ連絡の取れない署員もおり、相次ぐ出勤要請と相俟ってまるで野戦病院のよう混乱が続いていたのだ。
その端緒は5日前に遡る。
平成23年3月11日午後2時46分。
この時、宮城県牡鹿半島東南東沖合130キロ、深さ24キロ地点を震源とするマグニチュード9.0の地震が東日本一帯を直撃した。かつて経験したことのない激しい横揺れ、そして地の底から突き上げてくるような縦揺れ。
庁舎内にいた仁科は咄嗟に机の下に潜ったが揺れは一向に収まらず、そのうち机上の備品が落ちスチール棚が倒れてきた。やがて揺れは収まったものの、部屋の散乱具合と壁に走った罅割れで、これが尋常ならざる天災であることは容易に見当がついた。
1時間後、テレビモニターに映し出された東北各地の中継を見た署員一同は言葉を失った。倒壊した建物、陥没した道路、崩壊した山の斜面。それぞれに衝撃的な映像だったが、続く映像の前ではものの数ではなかった。
突如として盛り上がる海面。
港町一帯が津波に呑み込まれ、家が、道が、人が姿を消す。怒濤としか表現できない流れが全てのものを押し潰し、汚し、奪って行った。
*
だが、その直後に更なる驚愕が控えていた。沿岸部を襲った高さ15メートルの津波は大熊町と双葉町にあった福島第一原子力発電所も直撃し、地震と浸水によって電源を失ったシステムは核燃料プールに送水できなくなり、核燃料の溶解 (メルトダウン) が始まったのだ。(P7~9/一部略)
※事件はそんな中で起こります。殺されたのは、金城純一。殺したのは、加瀬邦彦。二人は福島第一原発の従業員として知り合い、やがて親友となります。加瀬は金城一家と家族ぐるみの付き合いで、長女の祐未とは将来を約束するほどの仲でした。
二人の間に、一体何があったのか? 親友を殺した加瀬は余震の混乱に乗じて逃走、ある場所へと向かいます。彼はその 「逃走」 に命を懸けています。是非ともに、護りたいと思う人間がいます。一方追う仁科の方は、津波で息子が行方不明になるも捜しに行けず、既に5日が経過しています。
この本を読んでみてください係数 80/100
◆中山 七里
1961年岐阜県生まれ。
花園大学文学部国文科卒業。
作品 「切り裂きジャックの告白」「七色の毒」「さよならドビュッシー」「闘う君の唄を」「嗤う淑女」「魔女は甦る」「連続殺人鬼カエル男」「護られなかった者たちへ」他多数
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