『鞠子はすてきな役立たず』(山崎ナオコーラ)_書評という名の読書感想文
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『鞠子はすてきな役立たず』(山崎ナオコーラ), 作家別(や行), 山崎ナオコーラ, 書評(ま行)
『鞠子はすてきな役立たず』山崎 ナオコーラ 河出文庫 2021年8月20日初版発行
「働かざるもの、食うべからず」 と幼い頃から父親に言われてきた小太郎。経済的自立を目指し高卒で銀行員になった小太郎だが、院卒で書店アルバイトの鞠子は、結婚後は主婦を希望。絵手紙や家庭菜園など次々に趣味を楽しみ始める。人と比べず、自分の満足を大事にする鞠子。価値観の違う二人の生活の行方は!? 『趣味で腹いっぱい』 を改題。(河出文庫)
サラリーマン時代、私は働くことが嫌でした。嫌で嫌で仕方なく、何とかしてその状況から脱出し、もっと楽な気持ちで暮らせる方法はないものかと、そんなことばかりを考えていました。どこかで、漠然と 「これは自分が望んだ生き方とは違う」 と感じていました。
それに引き換え、周りの上司や同僚らは概して真面目で、(全員が 「仕事がデキる」 わけではありませんでしたが) 勤勉で粘り強く、たとえ理不尽な扱いを受けたとしても、滅多なことではへこたれません。
今考えれば、それは当然といえば当然で、各々理由や事情があってその会社へ就職し、(誰しもが) そう簡単に辞めるわけにはいかなかったのですから。
文庫版あとがきのようなもの (からの抜粋)
文庫化にあたって読み直したところ、面白かった。作者が 「面白い」 なんて言ったら興醒めかもしれないが、読み始めたら読むのが止まらなくなった。鞠子や小太郎が自分の知らない地平に連れていってくれる感じだった。
しんぶん赤旗に連載したときは、「媒体は意識しなくていいですよ」 と記者さんに言ってもらえたので、自由に書こうと思ったのだが、労働を大事にしていそうだから裏をかいて趣味の物語にしようかな、といったいたずらな心が正直あった。そうして、絵手紙を揶揄するように書いた回が、絵手紙コーナーの下の欄に掲載されたときがあって、ディスっていると思われたらどうしようかと心配になったこともあった。けれども、新聞購読者の方々はあたたかく読んでくださり、意外にも連載は好評だったみたいだ。
*
本を出したあと、主婦をしているという方から、主婦を素敵に書いてくださってありがとうございます、というようなメッセージをインスタグラムでもらった。それが心に染みた。そうだ、私も主婦や主夫を素敵なものだと知りたかったんだ。若い頃の私は金が好きで、収入によって自信を得ているようなところがあった。でも、だんだんと金の時代の終わりを察するようになり (そう、未来において金は流行らなくなる)、考えを変えたい、と思い始めた。そうして、この小説を書きながら、鞠子と小太郎と散歩をして、考えが変わってきた。再読して、さらに考えが深まったように思う。
※私は男性で、「小太郎」 の立場になって読みました。みなさんは、小太郎のように、妻の鞠子に寛容でいられるでしょうか? 夫の小太郎の稼ぎがある限り、鞠子は敢えて働こうとはしません。気持ちの赴くままに、次から次へと趣味を増やしていきます。彼女の中には譲れない、確固とした言い分があります。果たして、あなたはそれを論破できるでしょうか。
この本を読んでみてください係数 80/100
◆山崎 ナオコーラ
1978年福岡県北九州市生まれ。埼玉県で育ち、東京都在住。本名は、山崎直子。
國學院大學文学部日本文学科卒業。
作品 「人のセックスを笑うな」「浮世でランチ」「カツラ美容室別室」「論理と感性は相反しない」「手」「ニキの屈辱」「昼田とハッコウ」他多数
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