『ハレルヤ』(保坂和志)_書評という名の読書感想文

『ハレルヤ』保坂 和志 新潮文庫 2022年5月1日発行

この猫は神さまが連れてきた - 谷中の墓地で拾った子猫、花ちゃんとの18年8ヶ月

生には終わりはあるかもしれないがそれを死とは呼ばない - 花ちゃんは外に出るのが好きな猫だった。腫瘍が見つかったのは十七歳のとき。余命二週間を宣告されると花ちゃんは大きな声で鳴いた。懸命に生きる花ちゃんとのかけがえのない日々を描いた 「ハレルヤ」。子猫だった花ちゃんとの出会いを振り返る 「生きる歓び」。川端康成文学賞受賞作の 「こことよそ」 など、愛おしさに満ちた傑作短編集。(新潮文庫)

目次
・ハレルヤ
・十三夜のコインランドリー
・こことよそ
・生きる歓び

生きる歓び
それは 「私」 の彼女のお母さんのお墓参りに谷中の墓地へ行き、お墓より先に寄る花屋さんまでの道中でのことでした。幅三メートルほどの土の道に人だかりが出来ており、見ると、その真ん中で子猫がうずくまっています。

子猫は 「顔面睡眠」 という眠り方をしていて、乾いて埃が立つような土の道のど真ん中で、たっぷりと日に当たりながら、胴と頭を合わせて十センチにもならないような、和菓子の饅頭を二つくっつけたぐらいの子猫が、まわりで人だかりを作っている人間たちの気がかりとはあまりに落差のあるのどかさで眠っていて、その上ではカラスが桜の枝に一羽止まっており、枝の上をせわしなく右へ左へと動いて、自分の 「餌」 と位置づけたらしい道の子猫を食べるために、人間がいなくなるのを待っているのでした。

- その後、何だかだとあるにはあったのですが、私と私の彼女はその子猫を自分たちが飼うと決め、先ずは馴染みの獣医のY先生に診てもらうことにします。あまりに小さく、おまけに鼻風邪で顔はグチャグチャで、死ぬかもしれないと思ったからでした。

Y先生は、小鳥でも持つように子猫を手のひらに入れて自分の顔の前に持っていき、指先で子猫の瞼をひっくり返し、そして思いもしなかったことを告げます。

「この子、全盲かもしれないよ」
そう言ったのでした。花ちゃんと出会った五月初めの土曜のことでした。

※「猫」 を何かに譬えているわけではありません。但し、「猫」 に限ったことでもありません。シンプルですが、実は奥が深くて難しい - 「生きる歓び」 についてが書いてあります。

人生というものが自分だけのものだったとしたら無意味だと思う。人間が猫にかかりきりになるというのを、人間が絶対だと思っている人は無駄だと思うかもしれないが、私はそう思っていない。トキのヒナが生まれたのはこれから三週間ぐらいあとのことだったが、トキのヒナも鼻風邪で顔がグチャグチャの子猫も同じだ。というか、「現に目の前にいる」 という一点で子猫の方が私には重要であり、同様にトキのヒナの飼育をしている人にはヒナが重要だろう。二年半前に家の一番若かった猫がウィルス性の白血病を発病して、一ヵ月その世話だけに使ったとき私は、自分以外のものに時間を使うことの貴重さを実感した。

そう書くとすぐに私が常時それを望んでいると誤解する人が必ずいるけれど、望んでいるわけではない。そんな時間はできれば送りたくはない。逃げられないから引き受けるのだ。そして普段は横浜ベイスターズの応援にうつつをぬかしていたい。(「生きる歓び」P.142)

この本を読んでみてください係数 85/100

◆保坂 和志
1956年山梨県生まれ。3歳より鎌倉で育つ。
早稲田大学政治経済学部卒業。

作品 「プレーンソング」「草の上の朝食」「この人の閾(いき)」「季節の記憶」「未明の闘争」「残響」「カンバセイション・ピース」他多数

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