『神の手』(望月諒子)_書評という名の読書感想文
公開日:
:
最終更新日:2024/01/06
『神の手』(望月諒子), 作家別(ま行), 書評(か行), 望月諒子
『神の手』望月 諒子 集英社文庫 2022年7月12日第8刷
『蟻の棲み家』(新潮文庫) で活躍する探偵役のフリーライター・木部美智子が追う戦慄の事件。ページをめくるたび、直面する謎、謎、謎。木部と事件を追いながら、衝撃の真実を目撃せよ。
小説誌の編集長、三村幸造のもとに医師を名乗る男から電話がはいった。高岡真紀という女性を知っているか、と。同時に、過去に彼が封印した来生恭子の小説が真紀の名前で送りつけられた。待ち合わせた真紀は、果たして見たこともない女性だった。それなのに恭子と同じようなしぐさで、10年前に恭子が話したことと全く同じことを話す。彼女はいったい誰なのか? 目的は? 本格ミステリー長編。(集英社文庫)
望月諒子のデビュー作 『神の手』 を読みました。骨太の社会派ミステリーで、読み応えは十分、できれば 『蟻の棲み家』 『腐葉土』 等と併せて読んでみてください。硬派なミステリー好きにはもってこいの一冊です。
*
『神の手』 は、小説を書くことの魔に憑かれたひとりの女性をめぐるミステリアスな物語として幕を開ける。
ものを書くというのはね、体の中に怪物を一匹飼っているのと同じなの。それは宿ったものの内部を餌にして成長し、いったん成長しはじめたら喰い尽すまで満足しない。・・・・・・・底のない沼と知りながら、抗うことはできない。・・・・・・・わたしの中で赤ランプが点滅する。
しかし、かつてこう独白した女性、来生恭子は、三年前に謎の失踪を遂げたきり、いまも消息が知れない。三十歳から三十七歳まで、書いて書いて書きつづけ、そしてその作品が一度も日の目を見ないまま、来生恭子はいずこへともなく姿を消した。一万五千枚に及ぶ原稿を残して・・・・・・・。
この作家志望者にとりついた恐るべき魔の姿を、『神の手』 は、関係者の証言を通して徐々に浮かび上がらせてゆく。
一応の主人公格 (前半の視点人物) は、大手出版社の文芸誌 (純文学小説誌) 編集長、三村幸造。彼はある日、広瀬と名乗る神戸の医師からの電話を受ける。いわく、患者のひとりが急に自分は小説家だと言い出して困惑している。彼女 (高岡真紀) はあなたに小説を見てもらっているというのだが、それは本当でしょうか。
そんな名前に心当たりはない。しかし、医師が告げた高岡真紀の作品タイトルを聞いて、三村は絶句する。「緑色の猿」。それは、かつて彼がよく知っていた作家志望の女性、来生恭子の作品名だった。しかも、その小説を読んだ人間は、三村以外だれもいないはず・・・・・・・。
*
来生恭子をめぐるリアルすぎるエピソード群にはおそらく著者の実体験がある程度投影されているのだろうし、この小説自体が、その怪物との戦いの産物だとも言える。しかし 『神の手』 は、読者を無視して文学的なテーマをひとりよがりに追求する小説ではない。著者はこの怪物になんとか手綱をつけ、ぎりぎりのところでエンターテインメントに踏みとどまり、(驚いたことに) 小説をミステリとしての合理的な決着に向かわせる。
そのための探偵役として中盤から登場するのが、フリーの中堅ジャーナリスト、木部美智子。彼女の取材活動を描くパートは、あえて私立探偵小説的な定型を守ることで、迷える読者の道案内を果たしてくれる。秩序と混沌。論理的なミステリと、非合理なホラー。ふたつのベクトルが真っ向から衝突し、『神の手』 はダイナミックな緊張感を孕んだまま結末へ雪崩れ込んでゆく。(解説より)
※何より私は、木部美智子という人物のキャラクターに惚れ込んでいます。彼女が関心を寄せる事件の大半は概して地味で、およそ世間の興味とは遠いところに位置しています。
その頃彼女は、世の中からはとうに忘れられてしまった事件のことを思い返しています。神戸で起きた連続幼児誘拐事件の、4件目。1996年3月12日、神戸で3歳になる男の子、野原悠太が突然姿を消したのでした。
目撃者はいません。その時、母親は彼と1歳2ヶ月になる妹を連れて公園に遊びに来ていました。母親はそこで顔見知りの母親達と話をしており、いなくなっていることに気が付いたのは午後4時でした。3年前の、まだ肌寒い3月半ばのことです。
この事件の担当弁護士・葛西は、「とにかくあの坊やに関しては全く目撃証言がなくってね、とぼやく」- その 「目撃証言」 という言葉に美智子のどこかが反応したのでした。この事件に関し、いまも彼女の頭から離れないことが二つあり、その一つが、その言葉に薄く関係するように思われたからでした。来生恭子失踪の端緒は、実は、既にここにあります。
この本を読んでみてください係数 85/100
◆望月 諒子
1959年愛媛県生まれ。兵庫県神戸市在住。
銀行勤務を経て、学習塾を経営。
作品 「大絵画展」「田崎教授の死を巡る桜子准教授の考察」「ソマリアの海賊」「哄う北斎」「蟻の棲み家」「腐葉土」他多数
関連記事
-
『青が破れる』(町屋良平)_書評という名の読書感想文
『青が破れる』町屋 良平 河出書房新社 2016年11月30日初版 この冬、彼女が死んで、友達が死
-
『きみの町で』(重松清)_書評という名の読書感想文
『きみの町で』重松 清 新潮文庫 2019年7月1日発行 あの町と、この町、あの時
-
『彼女が最後に見たものは』(まさきとしか)_書評という名の読書感想文
『彼女が最後に見たものは』まさき としか 小学館文庫 2021年12月12日初版第1刷
-
『生きてるだけで、愛。』(本谷有希子)_書評という名の読書感想文
『生きてるだけで、愛。』本谷 有希子 新潮文庫 2009年3月1日発行 あたしってなんでこんな
-
『向日葵の咲かない夏』(道尾秀介)_書評という名の読書感想文
『向日葵の咲かない夏』道尾 秀介 新潮文庫 2019年4月30日59刷 直木賞作家
-
『貴婦人Aの蘇生』(小川洋子)_書評という名の読書感想文
『貴婦人Aの蘇生』小川 洋子 朝日文庫 2005年12月30日第一刷 北極グマの剥製に顔をつっこん
-
『誰かが見ている』(宮西真冬)_書評という名の読書感想文
『誰かが見ている』宮西 真冬 講談社文庫 2021年2月16日第1刷 問題児の夏紀
-
『凶獣』(石原慎太郎)_書評という名の読書感想文
『凶獣』石原 慎太郎 幻冬舎 2017年9月20日第一刷 神はなぜこのような人間を創ったのか?
-
『高校入試』(湊かなえ)_書評という名の読書感想文
『高校入試』湊 かなえ 角川文庫 2016年3月10日初版 県下有数の公立進学校・橘第一高校の
-
『カエルの楽園』(百田尚樹)_書評という名の読書感想文
『カエルの楽園』百田 尚樹 新潮文庫 2017年9月1日発行 平和な地を求め旅に出たアマガエルのソ