『青い鳥』(重松清)_書評という名の読書感想文
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『青い鳥』(重松清), 作家別(さ行), 書評(あ行), 重松清
『青い鳥』重松 清 新潮文庫 2021年6月15日22刷
先生が選ぶ最泣の一冊 100%涙腺崩壊! 重松清小説史上最高の先生が登場! 「カッコウの卵」 は、涙枯れますよ!
村内先生は、中学の非常勤講師。国語の先生なのに、言葉がつっかえてうまく話せない。でも先生には、授業よりももっと、大事な仕事があるんだ。いじめの加害者になってしまった生徒、父親の自殺に苦しむ生徒、気持ちを伝えられずに抱え込む生徒、家族を知らずに育った生徒 - 後悔、責任、そして希望。ひとりぼっちの心にそっと寄り添い、本当にたいせつなことは何かを教えてくれる物語。(新潮文庫)
クラスのいじめを苦にして、自殺しようとした野口 - 幸い自殺は未遂に終わったものの、父親は地元での商売をやめ、家族揃って違う土地へと引っ越して行きました。村内先生が(かつて野口がいたクラスの) 臨時の担任になったのは、そのあとのことでした。
カンベンしてくださいよお、と言っていたのだ。シャレにならないっすよ、ヤバいっすよマジ、と笑っていたのだ。
でも - 泣いていたのだ。苦しくて、叫んでいたのだ。あいつは、ぼくたちに見えない涙を流しつづけ、ぼくたちに聞こえない声で泣き叫んでいたのだ、ずっと。
やっといま、気づいた。カンベンしてくださいよお、とおどける野口の声が、笑い声ではなく、泣き声になって聞こえた。戸口にひとの気配がした。ゆっくりと教室に入ってくる足音も聞こえた。教壇の真ん中、教卓の前で、足音は止まる。
ぼくは制服の袖で目元をぬぐって、教壇を振り向いた。「・・・・・・・先生」
声がうわずって震えたけど、かまわず、つづけた。
「なんで、野口の席、つくったんですか? 」
村内先生は微笑みを浮かべて、「忘れるのは、ずっ、ずるいだろ? 」 と言った。
*
耳がツンとする。鼻の奥と目の奥のつながったところが痺れたように熱くなって、たくさんつっかえていたはずの先生の言葉は、そこから先は嘘のようになめらかに耳に流れ込んだ。一生忘れられないようなことをしたんだ、みんなは。じゃあ、みんながそれを忘れるのって、ひきょうだろう? 不公平だろう? 野口くんのことを忘れちゃだめだ、野口くんにしたことを忘れちゃだめなんだ、一生。それが責任なんだ。罰があってもなくても、罪になってもならなくても、自分のしたことには責任を取らなくちゃだめなんだよ・・・・・・・。(「青い鳥」 より)
かつて不良だった青年は機械油まみれになりながら、今は真面目に工場で働いています。住んでいるのは築三十年に近い古いアパートで、夫婦二人で暮らしています。それまで青年はいつもひとりぽっちで、妻もまたそうでした。結婚したのは、彼がいた施設の後輩の、智恵子という名の女性でした。
ある日、青年は思いもしなかった再会を果たします。彼が恩師と仰ぐ、村内先生でした。会うと、先生は手のひらを軽くぶつけて、青年に向かい、「いい手になったな」 と言ったのでした。
おまえの。手のひらは、もう。嫌いななにかを握り。つぶす。ためのものじゃないんだ。たいせつななにかをしっかりと。つかんで、それから。たいせつななにかを優しく。包んでやる。ための。手のひらなんだよ。
おとなになったんだ、と先生は言った。おまえは、もう、おとなだ、と言ってくれた。(「カッコウの卵」 より)
吃音まじりに、実際は何度も何度もつっかえながら先生は、そう言ってくれたのでした。
この本を読んでみてください係数 85/100
◆重松 清
1963年岡山県津山市生まれ。
早稲田大学教育学部国語国文学科卒業。
作品「定年ゴジラ」「カカシの夏休み」「ビタミンF」「十字架」「流星ワゴン」「疾走」「カシオペアの丘で」「ナイフ」「星のかけら」「また次の春へ」他多数
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