『ぼくの死体をよろしくたのむ』(川上弘美)_書評という名の読書感想文
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『ぼくの死体をよろしくたのむ』(川上弘美), 作家別(か行), 川上弘美, 書評(は行)
『ぼくの死体をよろしくたのむ』川上 弘美 新潮文庫 2022年9月1日発行
うしろ姿が美しい男に恋をし、銀色のダンベルをもらう。掌大の小さな人を救うため、銀座で猫と死闘。きれいな魂の匂いをかぎ、夜には天罰を科す儀式に勤しむ。精神年齢の外見で暮らし、一晩中ワルツを踊っては、味の安定しないお茶を飲む。きっちり半分まで食べ進めて交換する駅弁、日曜日のお昼のそうめん。恋でも恋じゃなくても、大切な誰かを思う熱情がそっと心に染み渡る、18篇の物語。(新潮文庫)
ここではないどこかへつれだす18の短篇 - その中の一篇 「二百十日」
風の強い日だった。
先週電話があって、萩原の伯母が来る約束になっていたのだけれど、なんだか伯母は来ないのではないかという予感がしてならなかった。
ときどきあたしは、こういう勘がはたらく。
*
三時半ごろに、インターフォンが鳴った。
「るかです」
子供の声だった。
伯母は、足をくじいたのだという。
「一人で来たの? 」
るかは、うなずいた。小さな手提げかばんを持ち、背中にはリュックをしょっていた。
*
学校は、と、るかに聞いた。
行ってないんです、今は。るかは下を向いて答えた。
登校拒否?
ずけずけ聞くと、るかはうっすらと笑った。
伯母が泊まることになっていた小さな洋間に、るかを連れていった。連れていくといっても、狭いマンションの中だ。数歩歩いたところにあるはずなのだけれど、なかなか洋間にたどり着かない。
「あんた、魔法かなんか、使ってるの」
なんだかいらいらしたので腹立ちはんぶんに聞いたら、るかはうなずいた。
「はい。少し、使えます。たいしたことはないけれど」
ようやく洋間についたので、るかのかばんを広げた。下着と、Tシャツが数枚にパジャマ、それにぬいぐるみの人がたが一つ、入っていた。
「勉強道具がないよ」
「勉強は、しません」
ふうん、と言うと、るかは上目遣いであたしを見た。
「そういう目つき、しないで。感じ悪いから」
「下から見るとこういう目つきになるので、しょうがないんです」
るかは、人がたを出窓のところに置いた。風がガラスを鳴らした。(本文より/冒頭部分を抜粋)
るかは 「本当は萩原 (の伯母) に連れてきてもらうはずだった」 と言い、「しばらくお世話になる予定だった」 と。あたしは何も聞いていません。男の子を連れてくるなんて、伯母はひとことも言っていなかったし、、そのうえ、滞在するなんて・・・・・・・。
るかにはとりあえず麦茶を出しおき、伯母の携帯に連絡するも留守電で、用件は入れずに、仕方なくあたしは電話を切ったのでした。
るかが来て、五日が経ちました。ほぼ寝たきりだった萩原の伯父が亡くなったという知らせが来たのは、その日の夜のことでした。
そののち、ようやくにして事の真実が明らかになります。
※18ある中で、これはまだ比較的 “わかりやすい” 話の範疇で、本のタイトルになっている 「ぼくの死体をよろしくたのむ」 に登場する娘の黒河内瑠莉香が、父が書いた遺書らしきものに対して吐いた 「何ですか、これ」 - みたいな話がたくさん出てきます。力まず、無理に理解しようとしないことです。
この本を読んでみてください係数 85/100
◆川上 弘美
1958年東京都生まれ。
お茶の水女子大学理学部卒業。
作品 「神様」「溺レる」「蛇を踏む」「真鶴」「ざらざら」「センセイの鞄」「天頂より少し下って」「水声」「どこから行っても遠い町」「大きな鳥にさらわれないよう」他多数
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