『無限の玄/風下の朱』(古谷田奈月)_書評という名の読書感想文
公開日:
:
最終更新日:2024/01/06
『無限の玄/風下の朱』(古谷田奈月), 作家別(か行), 古谷田奈月, 書評(ま行)
『無限の玄/風下の朱』古谷田 奈月 ちくま文庫 2022年9月10日第1刷

第31回三島賞受賞作|第159回芥川賞候補作 奇跡のカップリング小説が待望の文庫化!
死んでは蘇る父にとまどう男たち、母よりも野球を選ぶ女たち - 世界の法則にあらがって鮮烈にして獰猛な赤と黒の物語はいよいよスパークする! (ちくま文庫)
芥川賞候補作 「風下の朱」
漸う、梓に対し、侑希美はこう言ったのでした。
「出血はまだなの」
侑希美さんがふと呟いた。私はちらりと彼女を見、それからすぐ、ランナーに気を取られたふりをして目をそらした。「でも始まってる。だいたい八日間苦しむのよ。血が出る前の三日間、血が出るあいだの五日間。血はずっしりと重くて、赤よりも黒に近い。それでたまに、内臓のかけらみたいな赤黒い塊が交じる。臭いは腐った魚みたいで、痛みは、その血がひととおり出切るまで続く。そして血と痛みが明けてから二十日後、また同じ苦しみが始まる - 」
気付くと私は息を止めていた。この話こそが障りのようだった。
「二十八日のうち八日も苦しむ。それがこの先、何十年と続く」 独り言のように囁かれた声が震え、あらためて見ると、涙が頬を伝っていた。「それがなぜ 「健康」 と呼ばれるんだろう。こんなにもひどいことが。ねえ、梓、私はなぜこんな目に遭ってるんだと思う? これはいったい何のため? 私の人生にどう関係がある? 私は野球がしたいだけよ! 」
目の前の健やかなフィールドからは次々と野太いかけ声が上がり、彼女の願いは、私の胸と鼓膜を震わせただけで消えた。赤く獣じみた目で、侑希美さんは野球場かあるいはその奥に見える何かを睨みつけていたが、ふと脱力すると、鞄から白いハンカチを取り出した。
そして、とんとんと頬骨を叩きながら、「梓、明日からもう、練習に来なくていいわ」 と言った。(本文より)
※私は男ですから、時の侑希美の苦悩や失意について、本当のところはわかりません。彼女が思うところの 「健康」 にその訳がありそうですが、それにしても彼女のあらがいようは異常に過ぎるようにも思えます。
彼女は、なぜあれほどまでに野球に拘り、一方で同じ大学の 「ソフトボール部」 に、なぜあんなにも否定的なんでしょう? 同じ女性でありながら、何が彼女をそこまで追いつめるのでしょう。
この本を読んでみてください係数 85/100

◆古谷田 奈月
1981年千葉県我孫子市生まれ。
二松学舎大学文学部国文学科卒業。
作品 「星の民のクリスマス」「ジュンのための6つの小曲」「望むのは」「リリース」等
関連記事
-
-
『少女葬』(櫛木理宇)_書評という名の読書感想文
『少女葬』櫛木 理宇 新潮文庫 2024年2月20日 2刷 なぜ普通の少女は、最底
-
-
『雨のなまえ』(窪美澄)_書評という名の読書感想文
『雨のなまえ』窪 美澄 光文社文庫 2022年8月20日2刷発行 妻の妊娠中、逃げ
-
-
『黛家の兄弟』(砂原浩太朗)_書評という名の読書感想文
『黛家の兄弟』砂原 浩太朗 講談社文庫 2023年12月15日 第1刷発行 謀略、犠牲、裏切
-
-
『夫のちんぽが入らない』(こだま)_書評という名の読書感想文
『夫のちんぽが入らない』こだま 講談社文庫 2018年9月14日第一刷 "夫のちんぽが入らない"
-
-
『曼珠沙華』(宮部みゆき)_書評という名の読書感想文
『曼珠沙華』宮部 みゆき 角川文庫 2024年6月15日 再版発行 あなたの時間を少しだけ、
-
-
『ドラママチ』(角田光代)_書評という名の読書感想文
『ドラママチ』角田 光代 文春文庫 2009年6月10日第一刷 〈高円寺〉、〈荻窪〉、〈吉祥
-
-
『ママナラナイ』(井上荒野)_書評という名の読書感想文
『ママナラナイ』井上 荒野 祥伝社文庫 2023年10月20日 初版第1刷発行 いつだって、
-
-
『某』(川上弘美)_書評という名の読書感想文
『某』川上 弘美 幻冬舎文庫 2021年8月5日初版 「あたしは、突然この世にあら
-
-
『芽むしり仔撃ち』(大江健三郎)_書評という名の読書感想文
『芽むしり仔撃ち』大江 健三郎 新潮文庫 2022年11月15日52刷 ノーベル文
-
-
『笹の舟で海をわたる』(角田光代)_書評という名の読書感想文
『笹の舟で海をわたる』角田 光代 毎日新聞社 2014年9月15日第一刷 終戦から10年、主人公・