『犬のかたちをしているもの』(高瀬隼子)_書評という名の読書感想文
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『犬のかたちをしているもの』(高瀬隼子), 作家別(た行), 書評(あ行), 高瀬隼子
『犬のかたちをしているもの』高瀬 隼子 集英社文庫 2022年9月17日第2刷
「間橋さんが育ててくれませんか、田中くんと一緒に。つまり、子ども、もらってくれませんか? 」
郁也はうつむいたり顔をあげたりを繰り返している。顔をあげても横目で見るのはミナシロさんの方で、わたしの方には全然視線を向けない。
郁也の中では答えは出ているらしい。(本文より)
『おいしいごはんが食べられますように』 で芥川賞を受賞した著者のデビュー作にして第43回すばる文学賞受賞作。
自分の身体や生理について、妊娠して生まれてくる子どもについて、女性が抱く感情とはいかなるものなのでしょう? 子どもは犬より、本当に可愛いのでしょうか。
(前略)- で、あたらめて気づかされるのは、本小説の筋立てが、それだけをとってみれば、相当に無理のあるものだという点だ。地方出身で東京のIT企業に勤める女性である 「わたし」 は、学生時代に卵巣の手術を受け、そのせいもあって性的な交わりには消極的なのだが、「わたし」 にはセックスをしなくても構わないとする恋人・郁也がいて同棲している。
郁也は平均的な性的欲求を持つ男性で、子供をもちたいとの願いを抱くのに対して、「わたし」 は妊娠出産が不可能な身体ではないのだけれど、子供を作ることには前向きではない。つまりこれはかなり不自然で歪なカップルなのだが、そこへひとりの女性が登場して、物語は動き出す。
彼女は 「わたし」 に告げる。自分は郁也と金銭の授受を媒介したセックスをした結果、妊娠した。中絶はしたくないから子供は産むが、自分で育てる気はない。郁也と一度結婚して出産したらすぐに離婚するので、そのあと子供を郁也と 「わたし」 で育ててほしい - 。
この非常識とも思える提案を受けた 「わたし」 がいかに思考し行動するかが、小説の中核をなすのだが、「わたし」 は状況を吟味し、郁也と話し合い、女性ともまた何度か会ったうえで、提案を受け入れる方向へとむかう。筋立ての無理とは、すなわちこれだ。(解説よりby奥泉光)
「わたし」(間橋薫) は三十歳。(田中)郁也と付き合って三年が経ち、今は半同棲状態にあります。ある日唐突に郁也から明日の夜の予定を聞かれ、「わたし」 がないよと答えると、「じゃあ、駒込駅前のドトールに十八時に来てほしい」 と言ったのでした。
その時のこと。もちろん 「わたし」 とミナシロさんは初対面で、初対面でありながらミナシロさんは、郁也との間に 「間違えて、子どもができてしまって。間橋さんには、ただ、わたしが子どもを産むことと、田中くんがその父親になることを、許してほしいんです」 と、(えらくハードルの高い要求を) いともたやすく言ってのけたのでした。
「婚姻届けを出して、田中くんの戸籍に入れてほしいんです、子どもを」 とミナシロさんが言うと、補足して郁也が 「ミナシロさんと入籍して、戸籍上ちゃんと、生まれてくる子の父親になって、その後で離婚する。それで、子どもはおれが引き取る」 と。
郁也とミナシロさんは大学の同級生で、学科は違うが語学のクラスが一緒で、付き合ったことも、付き合おうとしたこともなく、ただ体の関係だけがあり、その代償としてお金を払っていたということ。理由は定かではありませんが、ミナシロさんという女性は、そういう人でした。一回あたり、一万円。それが高いんだか安いんだか -、薫にはまるで見当が付きません。
この本を読んでみてください係数 85/100
◆高瀬 隼子
1988年愛媛県生まれ。
立命館大学文学部卒業。
作品 「おいしいごはんが食べられますように」「水たまりで息をする」など
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