『土に贖う』(河﨑秋子)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/06 『土に贖う』(河﨑秋子), 作家別(か行), 書評(た行), 河﨑秋子

『土に贖う』河﨑 秋子 集英社文庫 2022年11月25日第1刷

明治30年代札幌。養蚕農家の娘ヒトエは、使用人たちと桑の葉を摘む日々。だが、養蚕農家が増え過ぎて・・・・・・・「蛹の家」。江別のレンガ工場の頭目・佐川。過酷な労働環境で年老いた部下が斃れ・・・・・・・「土に贖う」。ミンク養殖、ハッカ栽培、羽毛採取、蹄鉄屋など、可能性だけに賭けて消えていった男たち。道内に興り衰退した産業を悼みながら、生きる意味を冷徹に問う表題作他6編。圧巻の第39回新田次郎文学賞受賞作。(集英社文庫)

[目次]
蛹 の 家
頸、冷える
翠に蔓延る
南北海鳥異聞
うまねむる
土に贖う
温 む 骨

解説者・松井今朝子が北海道は根室半島寄りの別海町にある河﨑牧場を訪れたのは、2017年4月半ばのことでした。当時、著者はそこでお兄さん夫婦と100頭以上の乳牛を世話しつつ、20頭ほどの羊を飼育して 「羊飼い」 を自称する傍らの執筆活動でした。初めて上梓した小説 『颶風の王』 で、既に三浦綾子文学賞とJRA賞馬事文化賞をW受賞しています。

そうと知った時は、驚きました。滅多にこんな人はいないだろうと。寂寥感漂う道東で、女性で、何頭もの牛と羊の世話をしながら・・・・・・・他を圧倒して書く小説の源泉は、ここにあるのかと。

冬場はマイナス二十七度の極寒となる戸外で羊たちに給餌し、乳牛は毎朝晩五時台の搾乳が欠かせず、生き物を扱う仕事は当然ながらほぼ年中無休。牧場の作業と食事や最低限の身のまわりのことを済ませてからの執筆は夜十時以降となり、しかも早朝の作業に響かないようにしなくてはならない。聞くだに過酷な文筆活動を平淡に話す河﨑さんは、そんな苦労を微塵も感じさせない終始穏やかでにこやかな表情だった。

「羊飼いは顔も白い羊が好きな派と、顔の黒い子が好きな派に分かれていて」 と話しながら河﨑さんが案内された飼育場には顔の黒いサフォーク種が飼われていた。
「やっぱり黒い子のほうが可愛いですよね」 と無邪気そうにいわれても、河﨑さんは自分が育てた羊を食肉加工場から枝肉で引き取って、自らの手で精肉もなさっている方なのである。

「羊に名前とか付けてます? 」 と思わず問うたら、その時こちらの意図を察知したように続けられた発言が忘れがたい。
「羊は人間に食べられることで自分の種を残すという、生存戦略の側面があるんだと、羊飼いは思ってるんですよね」

本書に収録されていない彼女の作品から借用すれば、「生命の秤が違うな」 と感じさせる名言だった。(解説より)

※かつて、北の大地にあった豊かな暮らし。時代とともに亡びゆく産業に、己の運命に、抗ってでも生き延びようとする人たちがいます。その圧倒的リアリティ、迫りくる思いが胸を打ちます。

この本を読んでみてください係数  85/100

◆河﨑 秋子
1979年北海道別海町生まれ。
北海学園大学経済学部卒業。

作品 「颶風の王」「肉弾」「鯨の岬」他

関連記事

『天国はまだ遠く』(瀬尾まいこ)_書評という名の読書感想文

『天国はまだ遠く』瀬尾 まいこ 新潮文庫 2022年5月25日 29刷 著者史上

記事を読む

『すべて真夜中の恋人たち』(川上未映子)_書評という名の読書感想文

『すべて真夜中の恋人たち』川上 未映子 講談社文庫 2014年10月15日第一刷 わたしは三束

記事を読む

『悪逆』(黒川博行)_書評という名の読書感想文

『悪逆』黒川 博行 朝日新聞出版 2023年10月30日 第1刷発行 過払い金マフィア、マル

記事を読む

『アンソーシャル ディスタンス』(金原ひとみ)_書評という名の読書感想文

『アンソーシャル ディスタンス』金原 ひとみ 新潮文庫 2024年2月1日 発行 すぐに全編

記事を読む

『月の上の観覧車』(荻原浩)_書評という名の読書感想文

『月の上の観覧車』荻原 浩 新潮文庫 2014年3月1日発行 本書『月の上の観覧車』は著者5作目

記事を読む

『レモンと殺人鬼』(くわがきあゆ)_書評という名の読書感想文

『レモンと殺人鬼』くわがき あゆ 宝島社文庫 2023年6月8日第4刷発行 202

記事を読む

『鳥の会議』(山下澄人)_書評という名の読書感想文

『鳥の会議』山下 澄人 河出文庫 2017年3月30日初版 ぼくと神永、三上、長田はいつも一緒だ。

記事を読む

『怪物の木こり』(倉井眉介)_書評という名の読書感想文

『怪物の木こり』倉井 眉介 宝島社文庫 2023年8月10日 第6刷発行 第17回

記事を読む

『ツ、イ、ラ、ク』(姫野カオルコ)_書評という名の読書感想文

『ツ、イ、ラ、ク』姫野 カオルコ 角川文庫 2007年2月25日初版 地方。小さな町。閉鎖的なあの

記事を読む

『猫を拾いに』(川上弘美)_書評という名の読書感想文

『猫を拾いに』川上 弘美 新潮文庫 2018年6月1日発行 誕生日の夜、プレーリードッグや地球外生

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『未明の砦』(太田愛)_書評という名の読書感想文

『未明の砦』太田 愛 角川文庫 2026年3月25日 初版発行

『月島慕情』(浅田次郎)_書評という名の読書感想文

『月島慕情』浅田 次郎 講談社文庫 2026年3月13日 第1刷発行

『黒 石 (ヘイシ) 新宿鮫12』(大沢在昌)_書評という名の読書感想文

『黒 石 (ヘイシ) 新宿鮫12』大沢 在昌 光文社文庫 2026年

『母という呪縛 娘という牢獄』(齊藤彩)_書評という名の読書感想文

『母という呪縛 娘という牢獄』齊藤 彩 講談社文庫 2026年3月1

『令和元年の人生ゲーム』(麻布競馬場)_書評という名の読書感想文

『令和元年の人生ゲーム』麻布競馬場 文春文庫 2026年3月10日

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑