『騒がしい楽園』(中山七里)_書評という名の読書感想文
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最終更新日:2023/09/11
『騒がしい楽園』(中山七里), 中山七里, 作家別(な行), 書評(さ行)
『騒がしい楽園』中山 七里 朝日文庫 2022年12月30日第1刷発行
舞台は世田谷の閑静な住宅地に建つ人気の高い - 私立若葉幼稚園。物語は、幼稚園教諭となって4年目、26歳の神尾舞子が埼玉県の田舎町の幼稚園から転任してくる場面で幕を開けます。
神尾舞子は、こんな人物でした。幼稚園教諭となった舞子は、日頃の言動やその仕事ぶりから、同僚らに “デジタルウーマン” と呼ばれています。何がどう “デジタル” かは本編を読めばすぐにわかるのですが、100%の褒め言葉かといえば、一概にそうとばかりはいえません。
園で舞子は、やや “浮いた” 存在でした。それでもそれは、こうと決めた - 幼稚園教諭として仕事に向かう - 彼女なりのスタンスでした。揺るぎない信念のもとに、彼女は自らをそう仕向けています。
そんな彼女がこの物語でどう変わるのか。変わることなく今まで通り突き進むのか・・・・・・・。今の舞子と教諭になる以前の舞子を知る私としては、そんなことを考えました。(実は彼女は、一等なりたくて幼稚園教諭になったわけではありません)
『騒がしい楽園』 と題された本書は、作者である中山七里さんのデビュー十周年新作単行本十二ヶ月連続刊行企画の、記念すべき第一弾として二〇二〇年一月に送り出された。
- 本書は二〇十五年十月に刊行された 『闘う君の唄を』 (二〇十八年朝日文庫) の姉妹編、という位置付けになっている。
*「神尾舞子」 のキャラクター
先に本書が 『闘う君の唄を』 の系譜であると記した。そちらでは主人公の同僚として登場し、〈幼稚園教諭というよりは、理科系大学の准教授といった風貌をしている〉 と評されていたが、舞子はその実、名古屋にある愛知音楽大学出身。『おやすみラフマニノフ』 では、オーボエを専攻していた大学時代の姿が描かれ、対外的にも注目を集める演奏会メンバーにも選出されていた。
でも、だけど。間違いなく優秀な演奏家だったであろう舞子は、幼稚園教諭になった。長い長い時間を費やし、血の滲む努力を重ねたオーボエとは一切関係のない職に就いたのだ。もちろん、幼稚園教諭の就職も容易ではない。公立では何十倍にもなる狭き門だと 『闘う~』 にも記されている。しかし、舞子が就活生となった前年度、愛知音楽大学の演奏家団体への就職者はわずか六人。それまで以上に冷静にかつ戦略をたて、感情を押し殺さなければ、幼稚園教諭にもなれなかっただろう。
確実に実績を残し高く評価される優秀な教諭であるために排除してきた感情を、自分のなかに収めることができたなら、舞子は大きく変わるのだろうか。幼稚園教諭という仕事を彼女は天職だとは到底思っていないだろう。それでも探し続けた自分の居場所は、ここだと認めることができるのか。いつの日か舞子が心から信じる 「楽園」 を、見せてくれる日が来ることを、楽しみにしている。(解説より)
そう、舞子は (幼稚園教諭としての) 自分のあるべき姿を固く信じながらも、一方ではとても不安なのだろうと。
彼女は頭脳明晰で、幼稚園教諭として周りから自分に何が求められているかもよく承知しています。園児と真摯に向き合い、成果も挙げるのですが、おそらくは 「できれば、こことは違う場所にいたかった」 という思いが拭い切れないのだろうと。すべてを断ち切るために、我知らず 「無理をしている」 のだろうと。
クールな幼稚園教諭・神尾舞子は、難題にどう立ち向かうのか。
ある出来事をきっかけに都内の幼稚園へ赴任することになった神尾舞子。騒音問題や親同士の確執など様々な問題を抱える園で、小動物が何者かに惨殺される事件が立て続けに起き、やがて事件は最悪の方向へ - 。『闘う君の唄を』 に連なるシリーズ第2弾。《解説・藤田香織》 (朝日文庫)
この本を読んでみてください係数 80/100
◆中山 七里
1961年岐阜県生まれ。
花園大学文学部国文科卒業。
作品 「切り裂きジャックの告白」「七色の毒」「さよならドビュッシー」「闘う君の唄を」「嗤う淑女」「魔女は甦る」「連続殺人鬼カエル男」「護られなかった者たちへ」他多数
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