『最後の記憶 〈新装版〉』(望月諒子)_書評という名の読書感想文

『最後の記憶 〈新装版〉』望月 諒子 徳間文庫 2023年2月15日初刷

本当に怖い小説 - 脳腫瘍患者が残した謎の言葉と衝撃の展開! 『蟻の棲み家の著者が描く戦慄のサスペンス!!

患者の秋山には、脳底部に腫瘍影が認められた。手術の前日、執刀医の沢村に彼は突然言った。「眼鏡を、かけられたほうがいいかと、思うのです」 何を言っているのか意味がわからぬまま、執刀当日を迎えた。頭部切開の最中、ふとしたはずみで秋山の髄液が目に飛び込んできた。沢村の脳裏におかしな映像が映るようになったのはそれからだった。脳外科医の戦慄体験を描く衝撃の長篇サスペンス。(徳間文庫)

過形成 hyperplasia

組織を構成する細胞のうち、特定の細胞が種々の刺激をうけて細胞分裂をおこし、細胞数が過剰にふえるために組織や器官が大きくなること。増生ともいう。一方的に増殖をつづける腫瘍とは違って増殖には限界があり、また刺激がなくなれば組織の大きさは元にもどる可逆的反応である。過形成の原因には、作業負荷、ホルモン作用、機械的刺激などがある。過形成を示す組織では、ほとんどすべて機能の増大を伴う。
                            平凡社大百科事典 (平凡社) より抜粋

初めて秋山和雄を診察したのは、七月の終わり、外勤先の病院でのことだった。
五十二歳。頭はほぼ、禿げている。ぎょろ目で、眉が薄い。いかつい顔をした男だった。

頭が痛いと言った。手足のしびれもある。脳腫瘍の疑いがあった。
脳のレントゲンと聞いたとき、その男はじっと俺を見つめて、ぷるりと身震いした。
CTスキャンの結果、脳底部付近に腫瘍影が認められた。

「・・・・・・・脳腫瘍」
彼は瞬間、蒼白になったが、なぜだか立ち直りは早かった。数秒ののち、諦めの表情を見せたのだ。自らを憐れむというのだろうか。一点を見つめた表情が、ふっと緩んだ。
「悪性でなければ、手術で全快するんですよ」
恐ろしいことはない。死を宣告しているのではない。懸命に言葉を尽くした。秋山は顔を上げ、俺を見つめて 「はい。大丈夫です」 と答えた。それが、気を確かに持つというより、医師の気遣いに応えようとしているようで、痛々しくもあった。(本文より)

武蔵野医科大学病院に勤める脳外科医、沢村貴志は四十二歳。彼は秋山を自分の大学病院に入院させます。そもそもの、それがはじまりでした。

秋山の手術の最中、沢村はあるアクシデントに見舞われます。ふとしたはずみに、沢村は、秋山の剥き出した頭部から飛び出した髄液を直に自分の目に浴びたのでした。すぐには何も起きません。確かな異変に気が付いたのは、しばらく後のことでした。

原因を究明すべく密かに受けた検査の結果は、以下のようなものでした。そこに書かれていたことは、沢村が半ば覚悟しつつも、およそあり得ないはずのものでした。

S - 220003 診断名 ハイパープラジア
画像所見
単純CTで等吸収を示す、境界明瞭な腫瘍がトルコ鞍上部のくも膜下腔に突出する像を示す。
造影剤による増強効果は見られない。
MRIではT1強調画像で脳皮質と同信号域、T2強調画像では高信号域を示す。
CT同様に造影剤の増強効果は見られない。
既存の確立した診断の範疇にはなく、確定は困難ではあるが、当院S - 210343の組織に極めて酷似しているので参考にされたい。

言わずもがなですが、当院S - 210343とは、秋山和雄に附された番号です。

※余談ですが、この作品のそもそもは、2008年1月に徳間書店より刊行された単行本で、時のタイトルは、『ハイパープラジア 脳内寄生者』 というもの。その後文庫化され、改題されて 『最後の記憶』 に。本書はその新装版になります。

この本を読んでみてください係数  85/100

◆望月 諒子
1959年愛媛県生まれ。兵庫県神戸市在住。
銀行勤務を経て、学習塾を経営。

作品 「神の手」「腐葉土」「大絵画展」「田崎教授の死を巡る桜子准教授の考察」「哄う北斎」「蟻の棲み家」「殺人者」「呪い人形」他多数

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