『芽むしり仔撃ち』(大江健三郎)_書評という名の読書感想文

『芽むしり仔撃ち』大江 健三郎 新潮文庫 2022年11月15日52刷

ノーベル文学賞作家、大江健三郎の処女長編作 

大戦末期、山中に集団疎開した感化院の少年たちは、疫病の流行とともに、谷間にかかる唯一の交通路を遮断され、山村に閉じこめられる。この強制された監禁状況下で、社会的疎外者たちは、けなげにも愛と連帯の “自由の王国” を建設しようと、友情に満ちたヒューマンなドラマを展開するが、村人の帰村によって状況は一変する。綿密な設定と鮮烈なイメージで描かれた大江文学を代表する傑作。(新潮文庫)

解説中、平野謙氏は 「いくらなんでもこういう非現実的な話はあり得ない」 「おそらく昭和十九年から二十年にかけての冬に起こった話」 で、「昭和二十年一月前後に、こういう感化院の少年の集団疎開事件がはたして起こったかどうか、ということになれば、こんな非現実的な話はあり得なかったろう、といわざるをえない」

但し、「私は 『芽むしり仔撃ち』 の非現実性を非難するために、こんなことを書くのではない。一応昭和二十年一月前後に発生した感化院の少年の集団疎開というこの物語の設定が、本質的には無何有郷 (むかうのさと) 的なそれであることを、まずはじめに断っておく必要がある、と思ったからである」 と述べています。

感化院:非行少年、保護者のない少年、親権者から入院出願のあった少年などを保護し教育するための福祉施設。
無何有郷:自然のままで人為的なわずらわしさがない仙境。自然のままの楽土。理想郷。ユートピア。

山奥のそのまた奥の僻村に、漸う少年らはたどり着いたのでした。谷間にある村の少し上に位置する寺の平屋が、彼らに与えられた宿所でした。しばらくの間、食事は村の女たちが準備し、少年らに課せられたのは山の開墾でした。

ところが着いた次の朝、彼らがやれと言われた仕事は、犬や猫や野鼠、山羊や仔馬にいたる、夥しい数の動物の死骸の始末でした。小さい丘のように積み上げられ、静かに腐敗しようとしているそれらを、穴を掘り、そこへ埋め、上から踏み固めることでした。

村には疫病が蔓延しようとしています。はじめ動物だけと思われたものが、やがて人が死んでいきます。ひとり死に、ふたり死ぬと - そのうち村人全員が、村からいなくなります。疫病が治まるまでと、みんなして付近の村へ逃げ出したのでした。

それはある日突然で、少年らには知らされないままの出来事でした。彼らは見放され、菌が渦巻く寒村で、完全に孤立してしまうのでした。逃げようにも、逃げる手立てがありません。

これの、どこが 「無何有郷的なそれ」 なんだと - 読んだあなたはきっと思うに違いありません。主人公の少年の言動や立ち居振る舞いに、受け入れがたい忌避感を抱くかもしれません。残酷に過ぎる暴力や、本能剥き出しの性欲に・・・・・・・。

なら、少年らと同じ状況下にあったとして、おまえはどうなんだと。おまえなら、何ができたんだと - たえず問われているようでした。言わずもがなですが、それについての著者のイマジネーションは、常人のはるか上をいっています。

この本を読んでみてください係数 85/100

◆大江 健三郎
1935年愛媛県生まれ。2023年3月3日没、88歳。
東京大学文学部仏文科卒業。

作品 1994年、ノーベル文学賞受賞。「死者の奢り」「飼育」「個人的な体験」「万延元年のフットボール」「洪水はわが魂に及び」「新しい人よ眼ざめよ」他多数

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