『切り裂きジャックの告白』(中山七里)_書評という名の読書感想文
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最終更新日:2024/01/13
『切り裂きジャックの告白』(中山七里), 中山七里, 作家別(な行), 書評(か行)
『切り裂きジャックの告白』中山 七里 角川文庫 2014年12月25日初版
東京・深川警察署の目の前で、臓器をすべてくり抜かれた若い女性の無残な死体が発見された。戸惑う捜査本部を嘲笑うかのように、「ジャック」と名乗る犯人からテレビ局に声明文が送りつけられた。マスコミが扇情的に報道し世間が動揺するなか、第二、第三の事件が発生。やがて被害者は同じドナーから臓器提供を受けていたという共通点が明らかになる。同時にそのドナーの母親が行方不明になっていた-。捜査一課の犬養刑事は、自身も臓器移植を控える娘を抱え、刑事と父親の狭間で揺れながら犯人を追い詰めていくが・・・。果たして「ジャック」は誰なのか? その狙いは何か? 憎悪と愛情が交錯するとき、予測不能の結末が明らかになる。(「BOOK」データベースより)
例えて言うなら「優等生」のような小説、でしょうか。これは半分褒め言葉で、後の半分は皮肉です。ストーリーは明快、特に文章が読みやすいのがいいし、評判も上々のようでエンターテイメント小説としては及第点が付く作品なんだろうと思います。
但し、「優等生」だけに何だか全部が整い過ぎて、それでもって作品の個性を失くしているように感じるのは私だけなのでしょうか。中山七里でないと書けない小説、あいつ以外にこんなこと書く奴いないぞ - みたいな小説を期待していたのですが。
『七色の毒』のときもそうでした。読んでいると「これはもしや、以前どこかで読んだことがあるような・・・」- 時々そんな気持ちになります。(ここが奇麗に過ぎる所以です)面白いし、上手いのです。上手いのですが、似たような話なら他にも一杯あるのです。
・・・・・・・・・・
この小説に限って言うと、さらによろしくない点があります。中山七里が誇る「どんでん返し」が、どうにもこうにも「どんでん返し」になどなっていないのです。
始めに載せた「BOOK」の要約の最後の部分 - 「果たして「ジャック」は誰なのか? その狙いは何か? 憎悪と愛情が交錯するとき、予測不能の結末が明らかになる」って、よくも書けたものだと逆に感心してしまいます。分かった上で書いたのなら、その勇気を褒めてあげたいくらい。
この手の話は究極のところ、犯人が誰であるかを解き明かす過程にこそ醍醐味があるわけです。犬養刑事にしても、今回彼のパートナーを務める埼玉県警の古手川刑事にしても、一見無駄だと思えるような捜査を繰り返した後に、やっとのことで容疑者にたどり着きます。
苦労の甲斐あって浮かんできたのが、あるドナーの母親です。この母親の行方が分からない。2人は母親の居所を探します。しかし、犬養刑事はこの時点で母親は犯人ではないだろうとうっすら感じています。それは長年の刑事の勘で、母親には「犯人の臭い」がしないのです。
犬養刑事の勘は当たります。動機となる条件こそ備わっているものの、母親には犯行を実際にやり切るだけの知識や技術がありません。人体を鮮やかに切り開き、すべての臓器を短時間で取り出すということ - そんなことは、素人にはしたくてもできない仕業なのです。
一旦犯人が分かったと見せかけて、実はそれが真犯人に行く着く前の巧妙なフリに過ぎない - これはよくあるパターンです。警察は泣く泣くそれまでの捜査を白紙に戻し、新たな手がかりを求めて捜査を再開する、となるわけです。
ここで最も重要なことは、次に判明するであろう真犯人が、誰も想像することさえできなかった、まさかの人物だということです。それこそ「予測不能」な人物が、真犯人でなければならないのです。
ところがこの小説では、いよいよこれから真相解明が始まるという部分をすっ飛ばして、早々に真犯人が分かってしまうのです。しかも、おそらく多くの読者がすでに「もしかしたら、あいつが犯人じゃないか」と勘付いている人物が、その通りに真犯人なのです。
その犯人がおかしいと言っているのでないのです。真犯人と分かるタイミングがまずくて、少しも〈どんでん〉しませんよ、ということが言いたいのです。
この本を読んでみてください係数 80/100
◆中山 七里
1961年岐阜県生まれ。
花園大学文学部国文科卒業。
作品 「さよならドビュッシー」「贖罪の奏鳴曲」「七色の毒」他
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