『切り裂きジャックの告白』(中山七里)_書評という名の読書感想文

『切り裂きジャックの告白』中山 七里 角川文庫 2014年12月25日初版

東京・深川警察署の目の前で、臓器をすべてくり抜かれた若い女性の無残な死体が発見された。戸惑う捜査本部を嘲笑うかのように、「ジャック」と名乗る犯人からテレビ局に声明文が送りつけられた。マスコミが扇情的に報道し世間が動揺するなか、第二、第三の事件が発生。やがて被害者は同じドナーから臓器提供を受けていたという共通点が明らかになる。同時にそのドナーの母親が行方不明になっていた-。捜査一課の犬養刑事は、自身も臓器移植を控える娘を抱え、刑事と父親の狭間で揺れながら犯人を追い詰めていくが・・・。果たして「ジャック」は誰なのか? その狙いは何か? 憎悪と愛情が交錯するとき、予測不能の結末が明らかになる。(「BOOK」データベースより)

例えて言うなら「優等生」のような小説、でしょうか。これは半分褒め言葉で、後の半分は皮肉です。ストーリーは明快、特に文章が読みやすいのがいいし、評判も上々のようでエンターテイメント小説としては及第点が付く作品なんだろうと思います。

但し、「優等生」だけに何だか全部が整い過ぎて、それでもって作品の個性を失くしているように感じるのは私だけなのでしょうか。中山七里でないと書けない小説、あいつ以外にこんなこと書く奴いないぞ - みたいな小説を期待していたのですが。

『七色の毒』のときもそうでした。読んでいると「これはもしや、以前どこかで読んだことがあるような・・・」- 時々そんな気持ちになります。(ここが奇麗に過ぎる所以です)面白いし、上手いのです。上手いのですが、似たような話なら他にも一杯あるのです。
・・・・・・・・・・
この小説に限って言うと、さらによろしくない点があります。中山七里が誇る「どんでん返し」が、どうにもこうにも「どんでん返し」になどなっていないのです。

始めに載せた「BOOK」の要約の最後の部分 - 「果たして「ジャック」は誰なのか? その狙いは何か? 憎悪と愛情が交錯するとき、予測不能の結末が明らかになる」って、よくも書けたものだと逆に感心してしまいます。分かった上で書いたのなら、その勇気を褒めてあげたいくらい。

この手の話は究極のところ、犯人が誰であるかを解き明かす過程にこそ醍醐味があるわけです。犬養刑事にしても、今回彼のパートナーを務める埼玉県警の古手川刑事にしても、一見無駄だと思えるような捜査を繰り返した後に、やっとのことで容疑者にたどり着きます。

苦労の甲斐あって浮かんできたのが、あるドナーの母親です。この母親の行方が分からない。2人は母親の居所を探します。しかし、犬養刑事はこの時点で母親は犯人ではないだろうとうっすら感じています。それは長年の刑事の勘で、母親には「犯人の臭い」がしないのです。

犬養刑事の勘は当たります。動機となる条件こそ備わっているものの、母親には犯行を実際にやり切るだけの知識や技術がありません。人体を鮮やかに切り開き、すべての臓器を短時間で取り出すということ - そんなことは、素人にはしたくてもできない仕業なのです。

一旦犯人が分かったと見せかけて、実はそれが真犯人に行く着く前の巧妙なフリに過ぎない - これはよくあるパターンです。警察は泣く泣くそれまでの捜査を白紙に戻し、新たな手がかりを求めて捜査を再開する、となるわけです。

ここで最も重要なことは、次に判明するであろう真犯人が、誰も想像することさえできなかった、まさかの人物だということです。それこそ「予測不能」な人物が、真犯人でなければならないのです。

ところがこの小説では、いよいよこれから真相解明が始まるという部分をすっ飛ばして、早々に真犯人が分かってしまうのです。しかも、おそらく多くの読者がすでに「もしかしたら、あいつが犯人じゃないか」と勘付いている人物が、その通りに真犯人なのです。

その犯人がおかしいと言っているのでないのです。真犯人と分かるタイミングがまずくて、少しも〈どんでん〉しませんよ、ということが言いたいのです。

この本を読んでみてください係数 80/100


◆中山 七里
1961年岐阜県生まれ。
花園大学文学部国文科卒業。

作品 「さよならドビュッシー」「贖罪の奏鳴曲」「七色の毒」他

関連記事

『くまちゃん』(角田光代)_書評という名の読書感想文

『くまちゃん』角田 光代 新潮文庫 2011年11月1日発行 例えば、結局ふられてしまうこと

記事を読む

『煙霞』(黒川博行)_書評という名の読書感想文

『煙霞』黒川 博行 文芸春秋 2009年1月30日第一刷 WOWOWでドラマになっているらし

記事を読む

『凶犬の眼』(柚月裕子)_柚月裕子版 仁義なき戦い

『凶犬の眼』柚月 裕子 角川文庫 2020年3月25日初版 広島県呉原東署刑事の大

記事を読む

『アミダサマ』(沼田まほかる)_書評という名の読書感想文

『アミダサマ』沼田 まほかる 光文社文庫 2017年11月20日初版 まるで吸い寄せられるように二

記事を読む

『土の中の子供』(中村文則)_書評という名の読書感想文

『土の中の子供』 中村 文則 新潮社 2005年7月30日発行 この人の小説は大体が暗くて、難解

記事を読む

『旅する練習』(乗代雄介)_書評という名の読書感想文

『旅する練習』乗代 雄介 講談社文庫 2024年1月16日 第1刷発行 歩く、書く、蹴る -

記事を読む

『線の波紋』(長岡弘樹)_書評という名の読書感想文

『線の波紋』長岡 弘樹 小学館文庫 2012年11月11日初版 思うに、長岡弘樹という人は元

記事を読む

『嗤う淑女』(中山七里)_書評という名の読書感想文

『嗤う淑女』中山 七里 実業之日本社文庫 2018年4月25日第6刷 その名前は蒲

記事を読む

『猫鳴り』沼田まほかる_書評という名の読書感想文

『猫鳴り』 沼田 まほかる 双葉文庫 2010年9月19日第一刷 「沼田まほかる」 という人をご

記事を読む

『ドクター・デスの遺産』(中山七里)_書評という名の読書感想文

『ドクター・デスの遺産』中山 七里 角川文庫 2020年5月15日4版発行 警視庁

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『スナーク狩り』(宮部みゆき)_書評という名の読書感想文

『スナーク狩り』宮部 みゆき 光文社文庫プレミアム 2025年3月3

『小説 木の上の軍隊 』(平一紘)_書評という名の読書感想文

『小説 木の上の軍隊 』著 平 一紘 (脚本・監督) 原作 「木の上

『能面検事の死闘』(中山七里)_書評という名の読書感想文 

『能面検事の死闘』中山 七里 光文社文庫 2025年6月20日 初版

『編めば編むほどわたしはわたしになっていった』(三國万里子)_書評という名の読書感想文

『編めば編むほどわたしはわたしになっていった』三國 万里子 新潮文庫

『イエスの生涯』(遠藤周作)_書評という名の読書感想文

『イエスの生涯』遠藤 周作 新潮文庫 2022年4月20日 75刷

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑