『地下の鳩』(西加奈子)_書評という名の読書感想文

『地下の鳩』西 加奈子 文春文庫 2014年6月10日第一刷


地下の鳩 (文春文庫)

 

大阪最大の繁華街、ミナミのキャバレーで働く「吉田」は、素人臭さの残るスナックのチーママ「みさを」に出会い、惹かれていく(「地下の鳩」)。オカマバーを営む「ミミィ」はミナミの人々に慕われている。そのミミィがある夜、客に殴り掛かる(「タイムカプセル」)。賑やかな大阪を描いて人気の著者が、街の「夜の顔」に挑んだ異色作。(「BOOK」データベースより)

地下鉄心斎橋駅で降り、6番出口を出ます。心斎橋筋は人が多いので、そのまま一本東の通りまで行き、蕎麦屋の角を南に曲がります。ヨーロッパ通りを越えるとそのまま畳屋町筋、一ブロック歩いて八幡筋を東へ折れ、笠屋町筋をまた南へ、しばらく行くと見える古いビル - そこが吉田の職場です。

キャバレー「ばらもの」は、キャバクラなどではなく、昔からある古くさいキャバレーです。吉田は40歳、この店の呼び込みとして働いています。高校を卒業してすぐ、愛媛の小さな田舎町から大阪へ出て来てから22年、吉田はずっと地下鉄に乗っています。

吉田が時々買い物に行く、界隈のコンビニエンスストアのような店の名がオルテス。つまみや果物、弁当、女のストッキングや下着などが置いてあり、2月にはチョコレートが並び、12月に入るとサンタやトナカイのコスプレ衣装などが並びます。

オルテスがあるのが笠屋町筋と三津寺筋の角で、その辺りは特に客引きが多いところです。オルテスの向かいにあるオカマバー「トークバー あだん」のママがミミィで、彼女は開店の19時から2時間ほどの間、客引きとして自ら街角に立っています。

ミミィの他にもヤクザ風の男やホステスたちが立っているのですが、吉田は男の名前を忘れていますし、日替わりで立つ女たちのことは端から覚え切れません。その点ミミィはど派手な衣装とオカマらしからぬ屈強な体躯で、この界隈では有名なオカマです。
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つまり、この本に収められている2つの物語の舞台は、大阪のミナミの中でもごくごく狭い限られた界隈で、「地下の鳩」の主人公である吉田と、「タイムカプセル」の主人公・ミミィとは、すでに顔見知りの仲なのです。

吉田が好きになったみさをが働いている「郡」にしたところで、店があるのはオルテスの斜め前にあるビルの地下で、みさをとミミィも知らぬ間柄ではありません。

ただ、出入りが激しく、素性の知れない人間がやたらといるような場所で発生する人間関係はそもそもが薄っぺらで、実を明かせば何を知っているというわけでもないのです。知ったように振る舞い、その場その場をやり過ごせばそれで善し、それ以上のことは知りたくもないのです。

だから、吉田がみさをを見初めたのには、よほどのことがあったわけです。ミミィが、金払いのいい常連客を殴って警察沙汰にまでなるのは前代未聞のことです。(事の経過は敢えて省略しますが)結果、吉田はキャバレーを辞め、ミミィは店を閉めることになります。

吉田は四国の愛媛、みさをは姫路の網干、ミミィは、元は奄美の人間です。何気に田舎から出たかっただけで大阪へ来た吉田は、何度も職を変え、現在キャバレーの呼び込みをしています。給料は安い上に、店を仕切るのは自分より年下の連中ばかりです。ちょっと器量が良くてモテはするものの、40になった自分を思わずにはいられません。

みさをは今年、29歳になります。「郡」で働くようになってから、半年ほどしか経っていません。そんな短い期間で、みさをはチーママとして店の鍵を預かるようになっています。

高校を卒業してから一人暮らしで、短大から大阪に出て、玉造にある印刷会社で働いていました。その後に水商売の世界へ足を踏み入れることになるのですが、それにはもちろん、彼女なりの抜き差しならぬ事情と理由があります。

ミミィが奄美を出たのは、16歳のとき。大阪へ出て来たときには、もう女になりたいと思っていました。10数年前に性転換手術を受け、顔も徐々に変えています。目、鼻、唇ときて、輪郭の手術の矢先に顎関節症になり、そのまま今に至っています。

ミミィは吉田の4つ上、44歳のオカマです。島では、酷い苛めに遭っていたと言います。小さな頃から太っていて、どこか女っぽい様子が苛めには格好の対象だったのです。二度と島には帰らない - そう誓って、ミミィは故郷を出たはずでした。

ところが、店につけた名前が「あだん」。「あだん」は、故郷の浜に咲く花の名前です。最近は、自分のことを「わん」と言うことがあって、はっとします。それは、彼女が小さな頃使っていた「私」を意味する方言です。時々、本当は自分が故郷をどう思っているのか、ミミィは分からなくなっています。

 

この本を読んでみてください係数 80/100


地下の鳩 (文春文庫)

◆西 加奈子
1977年イラン、テヘラン生まれ。エジプト、大阪府堺市育ち。
関西大学法学部卒業。

作品 「あおい」「さくら」「うつくしい人」「窓の魚」「円卓」「漁港の肉子ちゃん」「きりこについて」「通天閣」「炎上する君」「白いしるし」「ふくわらい」「サラバ!」他

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