『空中庭園』(角田光代)_書評という名の読書感想文
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最終更新日:2024/01/13
『空中庭園』(角田光代), 作家別(か行), 書評(か行), 角田光代
『空中庭園』角田 光代 文春文庫 2005年7月10日第一刷
郊外のダンチで暮らす京橋家のモットーは「何ごともつつみかくさず」。でも、本当はみんなが秘密を持っており、それぞれが違う方向へ。異質でありながらも家族であるしかない、普通の家族に見える一家の光と影・・・ひとりひとりが閉ざす透明なドアから見える風景を描いた連作家族小説。第3回婦人公論文芸賞受賞。(文春文庫解説より)
「あたしはラブホテルで仕込まれた子どもであるらしい」- 15歳になる京橋家の長女・マナが呟くこんな言葉から小説は始まります。この冒頭のくだりがすでに傑作なのですが、内容の深刻さとは裏腹に、物語は軽妙に過ぎるくらいのタッチで描かれていきます。
ちょっとマセた感じの今どきの高校生・マナは、ひょんなことから自分がこの世に生を受けたそもそもの場所がラブホテルだったと聞かされます。母親が言うには、その日は運悪くどこも満員で、そこしかなくて仕方なく入ったのが「ホテル野猿」だったのだと。
高速道路のインター近くに林立するホテルの中で、いっとうダサい名前のラブホで仕込まれて生を受けたのが私で、それはどうしようもない事実なんだと、マナは思います。
15歳という、非常に多感な年齢であるところのマナが、なぜ自分の仕込まれた場所を知ったかについては、二つの理由があります。
ひとつは、クラスメイトの木村ハナの話です。実はこの部分はさして重要ではなく、二つ目の理由に至る、謂わば〈前振り〉でしかありません。しかし、私はこういう〈前振り〉をさらりと書けてしまう、角田光代という人が大好きです。(気になる方は、ぜひ本編を読んでみてください)
さて、肝心の二つ目の理由です。京橋家では、全員がある約束のもとに家族を営んでいます。その約束とは「何事もつつみ隠さず、タブーを作らず、できるだけすべてのことを分かち合う」ということ。京橋家では、みんながこのモットーにもとづいて暮らしています。
ですから、普通なら適当にごまかして済ませてしまうようなマナの質問に対して、母親の絵里子はいともあっさりと事実を伝えます。あたしはいったいどこで仕込まれたのかと訊ねる娘に向かって、その日のホテルの混み具合までも事細かに説明するのでした。
「何ごともつつみ隠さない」というのは、絵里子と夫の貴史の基本的な考えです。隠すというのは恥ずかしいからであり、悪いことで、みっともないから隠すのであり、我々の生活には隠すべきことなどあり得ない、という強い信念から生まれた方針なのです。
しかし、この「方針」という代物は読むからに空々しく、まやかし以外の何ものでもありません。そんな「まやかし」の一つ一つについて、つまり、家族一人一人の「知られざる顔」をつぶさに暴き出し、晒してみせるのが『空中庭園』という小説です。
章ごとに語り手が変わっていきます。まずは、そのラインナップを紹介しましょう。
第一章「ラブリー・ホーム」・・・語り手は、京橋家の長女・マナ。
第二章「チョロQ」・・・語り手は、貴史。絵里子の夫であり、マナとコウの父親。
第三章「空中庭園」・・・語り手は、絵里子。
第四章「キルト」・・・語り手は、木ノ崎さと子。一人暮らしの、絵里子の母親。
第五章「鍵つきドア」・・・語り手は、北野三奈こと、ミーナ。貴史の二番目の愛人。
第六章「光の、闇の」・・・語り手は、コウ。京橋家の長男。マナの弟。中学生。
それぞれが自分の視点で自らを語るわけですが、当然のことながら、貴史に二人の愛人がいるなどということは家族には知る由もありません。そこで登場するのが、北野三奈(貴史は彼女をミーナと呼んでいます)という女性です。
貴史には、ミーナの前に実に17年に及んで不倫関係を続けている飯塚という女性がいます。飯塚という女性がいながら、貴史はミーナとも関係を持っているわけです。ミーナは26歳。実年齢よりもはるかに若く見える、ちょっとバカっぽい女性です。
さと子は、2人の孫(マナとコウ)には近くに住むごく普通の祖母ですが、実の娘である絵里子との関係となると、これがなかなかに複雑です。2人は決して仲のいい母娘ではありません。絵里子は結婚する前からさと子を憎々しく思っており、時に殺意を抱くことさえあったのです。
そのさと子が、事ある毎に絵里子を呼び出します。子どもが小さかった頃は、どうかすると自分の方から押しかけて、来ると決まって食事をしてから帰ります。今でこそそれも無くなりましたが、相変わらず絵里子を呼び出してはあれこれ細かな用事を頼みます。
さと子と絵里子は、他人から見ると行き来の絶えない仲のいい母娘。絵里子とマナは、あくまで朗らかで気の置けない関係で、コウは大人しくて、素直な少年です。
そして、夫の貴史。 おそらくどこの家でも似たようなものでしょうが、貴史は元から空気のような存在で、故に「家族の方針」がより有効に機能している人物、と言えなくもありません。
この本を読んでみてください係数 85/100
◆角田 光代
1967年神奈川県横浜市生まれ。
早稲田大学第一文学部文芸専修卒業。
作品 「対岸の彼女」「紙の月」「八日目の蝉」「ロック母」「マザコン」「だれかのいとしいひと」「ドラママチ」「それもまたちいさな光」「かなたの子」「笹の舟で海をわたる」「幾千の夜、昨日の月」ほか多数
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