『流』(東山彰良)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/13 『流』(東山彰良), 作家別(は行), 書評(ら行), 東山彰良

『流』東山 彰良 講談社 2015年5月12日第一刷

第153回直木賞受賞作品です。小説は、こんな詩の一節から始まります。

「魚説・・只因為我活在水中、所以你看不見我的涙」-「魚が言いました・・わたしは水のなかで暮らしているのだから、あなたにはわたしの涙が見えません」

そして、大きくはこんなあらすじで物語は進行していきます。

1975年、台北。偉大なる総統の死の直後、愛すべき祖父は何者かに殺された。内戦で敗れ、追われるように台湾に渡った不死身の祖父。なぜ? 誰が? 無軌道に生きる17歳のわたしには、まだその意味はわからなかった。台湾から日本、そしてすべての答えが待つ大陸へ。歴史に刻まれた、一家の流浪と決断の軌跡。(アマゾン「内容紹介」よりの抜粋)

主人公は、葉秋生〈イエ チョウシェン〉。彼は、台北の高等中学に通う17歳の青年です。
(単行本の帯通りに言いますと)この小説は、葉秋生自身が語る「故郷・台湾を舞台に描く青春ミステリー」ということになります。

もう少し詳しく言うと、大人になった秋生が「自分のルーツを探して旅をする物語」- 「祖父・葉尊麟〈イエ ヅゥンリン〉の謎の死をきっかけに、犯人を捜して台湾から日本へ、そして尊麟の故郷であり、一族の故郷でもある中国・山東省へ行き着くまでの物語」です。
・・・・・・・・・・
直木賞の選考会では、前代未聞の満票だったと聞きます。今回は稀に見る「又吉フィーバー」のせいで多少影が薄れたようではありましたが、芥川賞と併せた3つの受賞作の中で私が一番読みたかったのがこの小説です。私は、「中国」にとても興味があるのです。

中国本土に限らず、韓国や北朝鮮、台湾を含めた近隣の国々の様子になぜかしら惹かれてしまいます。難しい歴史の話ではありません。原色に溢れた雑多な街並みや適度に荒んだ土地の景色、それらを見るにつけ、どこかしら郷愁に似た思いに駆られるのです。

例えば、都市部から遠く離れた内陸の村々で暮らす人々の様子を見たような場合。周りはどこまで続いているかと思うくらい、一面の田畑です。遙か彼方に霞むような低い山々。その山々の際まで続く、なだらかな丘陵に広がる畑、また畑の連なり。

よく見れば、僅かに二、三人、畑の中に人がいるのがわかります。さらによく見てみると、彼らは鍬を使って畝を立てています。それは見るからに気の遠くなるような作業です。どこまでも果てしなく、いつ終わるとも知れない仕事を、彼らは黙々と続けています。

その姿が可哀想だというのではありません。彼らは彼らで慎ましやかに暮らしを為しているのだなと静かに思い、いつしかそれが私自身の来し方に取って代わります。叶わぬ夢が山ほどあって、決して楽ではない暮らしでしょうが、受け入れ、受け流して行くしかないのでそうしているだけで、それ以上でも、それ以下でもないように思えます。
・・・・・・・・・・
毛毛〈マオマオ〉は秋生の幼馴染みで、2歳年上の姉的な存在です。その毛毛に、秋生がほのかな恋心を抱くようになるかならないか、そんな頃の話です。

祖父・尊麟は、すでに殺害されたあとのこと。寝苦しくて目を覚ました秋生が、豆花売りの声を聞くうちに、幼い頃の祖父との思い出をふり返るシーンです。※豆花〈ドウファ〉:にがりを使わない豆腐に甘い汁をかけた食べ物。

秋生は豆花が大好きでした。中でも祖父が買ってくれる一杯、夜が明ける前から起き出して、買ってきては食べさせてくれた一杯が何より好きだったのです。暖かい豆花をかき込むと、秋生は、この世界で私を愛さぬ者などひとりもおらず、私はこの世界に君臨する小さな覇王なのだ、そんな風にさえ思えたのです。

葬儀の時の様子を思い出し、秋生ははじめて激しく涙します。夜明け前、部屋を飛び出した秋生は、必死で豆花売りを追いかけます。豆花売りは尊麟のことを憶えており、尊麟が死んだことも知っていました。

それどころか、おそらく、惨たらしい死に方をしたことも知っている様子です。「あんたのおじいさんはどんなに暑くても冷たいのは買わなかったな」「あんたが腹を壊すからと言ってたよ」- そう言ったあと、「でも、腐っちゃいけないよ」と、豆花売りは続けます。

「人間本来叫苦境、快醒快悟免傷心(人の世はもとより苦しいもの、早く悟れば傷つかずにすむ)。おれだって子供を亡くしているんだから。残ったのはちょっとおつむの弱い末っ子だけさ。それでもどうにか生きていかにゃならない、こうやって豆花を一杯一杯売ってね。たいした稼ぎもないが、まあ、食ってはいける。それが大事なんだ、そうでしょ? 今生の苦しみから逃げてちゃ、あの世で清らかな幽霊になれないからね」

この本を読んでみてください係数 90/100


◆東山 彰良
1968年台湾生まれ。5歳まで台北、9歳で日本に移る。福岡県在住。本名は王震緒。
西南学院大学大学院経済学研究科修士課程修了。吉林大学経済管理学院博士課程に進むが中退。

作品「逃亡作法 TURD ON THE RUN」「路傍」「ブラックライダー」「ラブコメの法則」「キッド・ザ・ラビット ナイト・オブ・ザ・ホッピング・デッド」など

関連記事

『イモータル』(萩耿介)_書評という名の読書感想文

『イモータル』萩 耿介 中公文庫 2014年11月25日初版 インドで消息を絶った兄が残した「智慧

記事を読む

『ハレルヤ』(保坂和志)_書評という名の読書感想文

『ハレルヤ』保坂 和志 新潮文庫 2022年5月1日発行 この猫は神さまが連れてき

記事を読む

『本心』(平野啓一郎)_書評という名の読書感想文

『本心』平野 啓一郎 文春文庫 2023年12月10日 第1刷 『マチネの終わりに』 『ある

記事を読む

『路上のX』(桐野夏生)_書評という名の読書感想文

『路上のX』桐野 夏生 朝日新聞出版 2018年2月28日第一刷 こんなに叫んでも、私たちの声は

記事を読む

『背高泡立草』(古川真人)_草刈りくらいはやりますよ。

『背高泡立草』古川 真人 集英社 2020年1月30日第1刷 草は刈らねばならない

記事を読む

『部長と池袋』(姫野カオルコ)_書評という名の読書感想文

『部長と池袋』姫野 カオルコ 光文社文庫 2015年1月20日初版 最近出た、文庫オリジナル

記事を読む

『64(ロクヨン)』(横山秀夫)_書評という名の読書感想文

『64(ロクヨン)』横山 秀夫 文芸春秋 2012年10月25日第一刷 時代は昭和から平成へ

記事を読む

『ルビンの壺が割れた』(宿野かほる)_書評という名の読書感想文

『ルビンの壺が割れた』宿野 かほる 新潮社 2017年8月20日発行 この小説は、あなたの想像を超

記事を読む

『白い夏の墓標』(帚木蓬生)_書評という名の読書感想文

『白い夏の墓標』帚木 蓬生 新潮文庫 2023年7月10日25刷 (昭和58年1月25日発行)

記事を読む

『竜血の山』(岩井圭也)_書評という名の読書感想文

『竜血の山』岩井 圭也 中央公論社 2022年1月25日初版発行 北の鉱山に刻まれ

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『海神 (わだつみ)』(染井為人)_書評という名の読書感想文

『海神 (わだつみ)』染井 為人 光文社文庫 2024年2月20日

『百年と一日』(柴崎友香)_書評という名の読書感想文

『百年と一日』柴崎 友香 ちくま文庫 2024年3月10日 第1刷発

『燕は戻ってこない』(桐野夏生)_書評という名の読書感想文

『燕は戻ってこない』桐野 夏生 集英社文庫 2024年3月25日 第

『羊は安らかに草を食み』(宇佐美まこと)_書評という名の読書感想文

『羊は安らかに草を食み』宇佐美 まこと 祥伝社文庫 2024年3月2

『逆転美人』(藤崎翔)_書評という名の読書感想文

『逆転美人』藤崎 翔 双葉文庫 2024年2月13日第15刷 発行

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑