『彼女が天使でなくなる日』(寺地はるな)_書評という名の読書感想文

『彼女が天使でなくなる日』寺地 はるな ハルキ文庫 2023年3月18日第1刷発行

天使になどならせてはいけない。誰ひとり。島の民宿兼託児所を営む女性の物語。

九州北部にある人口三百人ほどの星母島。子どもについての願い事なら何でも叶えてくれるという 「母子岩」 があり、近年有名になっている。そこで “モライゴ” として育てられた千尋は、一年前に戻ってきて、託児所を併設した民宿を営んでいた。子どもにまつわる様々な悩みを抱え、母子岩のご利益を頼りにやってきた宿泊客に、千尋は淡々と為すべきことを為し、言うべきことを言う・・・・・・・。簡単な癒しではない、でも大切なことに気づかせてくれる、宝物のような小説。(ハルキ文庫)

[目次]
第一章 あなたのほんとうの願いは
第二章 彼女が天使でなくなる日
第三章 誰も信頼してはならない
第四章 子どもが子どもを育てるつもりかい
第五章 

千尋がそうなら、千尋のあとを島までついて来た麦生もまた、深く心を痛めているのだろうと。言うに言えない過去を抱えて、これまでを生きてきたのだろうと。

島を訪れた宿泊客たちは、当初抱いた島のイメージや民宿での接待に、少なからず “物足りなさ” を感じます。観光地らしきものといえば母子岩ぐらいで他にこれといった見どころはなく、地味で質素な民宿もまた民宿で、特に千尋には “愛想” というものがありません。

人生は容赦がない。
波にのまれて溺れそうになっていても、おかまいなしに日常は繰り返す。待ってほしいと願ったところで遠慮なく時間は進み、朝はまたやってくる。
星母 (ほしも) 島へたどり着く人たちも、ほんの少し息継ぎをするために、何かしらの望みを抱いて 『母子岩』 を訪れる。そこにはきっと素晴らしい何かがあるはずだと期待して。

『自分に都合の良い素敵な人生の物語の展開を夢見るのは自由ですけど、感情も事情もある他人に都合の良い役柄を押しつける人は、僕は大嫌いだな』
麦生の言葉に、はっとした。
わたしも誰かにそんな役割を無意識に望んでいないだろうか。身勝手な理想を求めてはいないだろうか。

寺地さんの作品を読んでいると、よく問いかけられる。
当たり前だと思っていたことに対して、本当にそうですか?と。何か見落としてはいないですか? 自分の尺度だけでものを見てはいないですか? 大切な誰かを傷付けていないですか?

『この子はわたしの天使なの。生まれてきた瞬間から、今までずっとね』
母子岩に妊娠祈願で訪れた愛花の母もまた、娘を天使にすることで自分を生きている。愛花は母の束縛から逃れ自由になる喜びよりも、その一歩を踏み出す恐怖で動けずにいる。

他人から見れば理解不能で不均衡で理不尽な関係は、案外存在している。友人関係も同じだ。麻奈と絹のように、”親友” という心地良い言葉でつながっていた手は、他に大事なものができればあっさりふりほどかれてしまう。天使であるということは、なんて無邪気で残酷なんだろう。だからこそ、千尋は思ったのだ。

『天使になどならせてはいけない。誰ひとり』
純粋で傷つきやすく頼りなげな存在を護っているようで、本当は自分自身を護っていただけなのかもしれない。気付いたことでようやく天使をそっと地上へ降ろしたのだ。(ながしま・ゆうこ/水嶋書房くずは駅前 書店員)

※書いてあるのは、特に 「子どもに生まれてきたことの生きづらさ」 だと思います。

子は親を選べません。親は本当に自分を愛してくれていたのだろうか。生まれてこなければよかったのにと、事あるごとに恨んでいたのではないだろうか - などと悩んではみても、親に捨てられ、死なれたいまとなっては、いかんせん確かめようがありません。

この本を読んでみてください係数 85/100

◆寺地 はるな
1977年佐賀県唐津市生まれ。大阪府在住。
高校卒業後、就職、結婚。35歳から小説を書き始める。

作品 「ビオレタ」「夜が暗いとはかぎらない」「大人は泣かないと思っていた」「水を縫う」「正しい愛と理想の息子」「わたしの良い子」他多数

関連記事

『きみの友だち』(重松清)_書評という名の読書感想文

『きみの友だち』重松 清 新潮文庫 2008年7月1日発行 わたしは「みんな」を信

記事を読む

『さんかく』(千早茜)_なにが “未満” なものか!?

『さんかく』千早 茜 祥伝社 2019年11月10日初版 「おいしいね」 を分けあ

記事を読む

『月魚』(三浦しをん)_書評という名の読書感想文

『月魚』三浦 しをん 角川文庫 2004年5月25日初版 古書店 『無窮堂』 の若き当主、真志喜と

記事を読む

『玉蘭』(桐野夏生)_書評という名の読書感想文

『玉蘭』桐野 夏生 朝日文庫 2004年2月28日第一刷 ここではないどこかへ・・・・・・・。東京

記事を読む

『52ヘルツのクジラたち』(町田そのこ)_書評という名の読書感想文

『52ヘルツのクジラたち』町田 そのこ 中央公論新社 2021年4月10日15版発行

記事を読む

『木になった亜沙』(今村夏子)_圧倒的な疎外感を知れ。

『木になった亜沙』今村 夏子 文藝春秋 2020年4月5日第1刷 誰かに食べさせた

記事を読む

『君が手にするはずだった黄金について』(小川哲)_書評という名の読書感想文

『君が手にするはずだった黄金について』小川 哲 新潮社 2023年10月20日 発行 いま最

記事を読む

『崩れる脳を抱きしめて』(知念実希人)_書評という名の読書感想文

『崩れる脳を抱きしめて』知念 実希人 実業之日本社文庫 2020年10月15日初版

記事を読む

『エヴリシング・フロウズ』(津村記久子)_書評という名の読書感想文

『エヴリシング・フロウズ』津村 記久子 文春文庫 2017年5月10日第一刷 クラス替えは、新しい

記事を読む

『ビオレタ』(寺地はるな)_書評という名の読書感想文

『ビオレタ』寺地 はるな ポプラ文庫 2017年4月5日第1刷 「何歳までに結婚

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『メイド・イン京都』(藤岡陽子)_書評という名の読書感想文

『メイド・イン京都』藤岡 陽子 朝日文庫 2024年4月30日 第1

『あいにくあんたのためじゃない』(柚木麻子)_書評という名の読書感想文

『あいにくあんたのためじゃない』柚木 麻子 新潮社 2024年3月2

『執着者』(櫛木理宇)_書評という名の読書感想文

『執着者』櫛木 理宇 創元推理文庫 2024年1月12日 初版 

『オーブランの少女』(深緑野分)_書評という名の読書感想文

『オーブランの少女』深緑 野分 創元推理文庫 2019年6月21日

『揺籠のアディポクル』(市川憂人)_書評という名の読書感想文

『揺籠のアディポクル』市川 憂人 講談社文庫 2024年3月15日

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑