『黄色い家』(川上未映子)_書評という名の読書感想文
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『黄色い家』(川上未映子), 作家別(か行), 川上未映子, 書評(か行)
『黄色い家』川上 未映子 中央公論新社 2023年2月25日初版発行
人はなぜ、金に狂い、罪を犯すのか 孤独な少女の闘いを圧倒的スピード感と緻密な筆であぶり出すノンストップ・ノワール小説!
2020年春、惣菜店に勤める花は、ニュース記事に黄美子の名前を見つける。60歳になった彼女は、若い女性の監禁・傷害の罪に問われていた。長らく忘却していた20年前の記憶 - 黄美子と、少女たち2人と疑似家族のように暮らした日々。まっとうに稼ぐすべを持たない花たちは、必死に働くがその金は無情にも奪われ、よりリスキーな “シノギ” に手を出す。歪んだ共同生活は、ある女性の死をきっかけに瓦解へ向かい・・・・・・・。善と悪の境界に肉薄する、今世紀最大の問題作! (中央公論新社)
【文學界4月号より/柳楽 馨】
主人公・伊藤花が、1990年代の後半に他の女性たちと共同生活を送った家は、多様性のユートピアでも弱者のためのシェルターでもなかった。しかし、高校卒業を待たずに家を出た花が、母親と姉の中間くらいの存在だった吉川黄美子とともにスナック 「れもん」 をはじめたときに思い描いていたのは - (途中略) - 雑多なものを受けいれる、ゆるやかであたたかな空間だっただろう。花と黄美子、さらに専門学校にもキャバクラにもなじめなかった加藤蘭、そして容姿に恵まれないが誰もが認める美声をもつ玉森桃子を加えた四人は、同じ家で暮らしはじめる。
やがて不運に見舞われ犯罪に手を染めた末に、黄美子をのぞく三人はその家から逃げ出す。月日は流れ、新型コロナウイルスによってかき乱される現在を生きている花は、「第一章 再会」 で黄美子が逮捕されたことを偶然に知り、『黄色い家』 はここから過去へとさかのぼる。
このように、ひとつの家族的共同体の成立から崩壊までの流れが 『黄色い家』 の主軸なのだが、少しずつ追い詰められる彼女たちの物語の重要な展開を伏せたままでは、これ以上 『黄色い家』 について語ることはできない。(以下略)
【物語の後半、黄美子と二人ではじめたスナック 「れもん」 が焼失し、生きる手立てを失い、路頭に迷う花の叫び】
みんな、どうやって生きているのだろう。道ですれ違う人、喫茶店で新聞を読んでる人、居酒屋で酒を飲んだり、ラーメンを食べたり、仲間でどこかに出かけて思い出をつくったり、どこかから来てどこかへ行く人たち、普通に笑ったり怒ったり泣いたりしている、つまり今日を生きて明日もそのつづきを生きることのできる人たちは、どうやって生活しているのだろう。そういう人たちがまともな仕事についてまともな金を稼いでいることは知っている。でもわたしがわからなかったのは、その人たちがいったいどうやって、そのまともな世界でまともに生きていく資格のようなものを手にいれたのかということだった。どうやってそっちの世界の人間になれたのかということだった。
わたしは誰かに教えてほしかった。不安とプレッシャーと興奮で眠れない夜がつづいて、思考回路がおかしくなって母親に電話をかけてしまいそうになることもあった。もしもしお母さん、お母さん、わたし大変なんだよ、どうしていいかわかんないんだよ、夢と現の境目でわたしは母親に話しかけていた。ねえお母さん、お母さんはどうやって、どうやっていままで生きてきたの、わたしが子どもの頃、もっと小さかった頃、お金もないのにどうやって、いったいどうやって生きてきたの、みんながどうやって毎日を生きていってるのかがわからない、わからないんだよ、ねえお母さん、いまどうしてるの、お母さんいままでつらくなかった? こわくなかった? ねえお母さん、生きていくのって難しくない? すごく難しくない? すごくすごく難しくない? お金稼ぐのって、稼ぎつづけないといけないのって、お金がないとご飯も食べられなくて家賃も払えなくて病院も行けなくて水も飲めないのって、すごくすごく難しくない? ねえお母さん、わたしわからないんだよ、どうしていいかわかんないの、いますごく難しいの、難しいんだよ、どうしていいかわかんないの、ねえお母さん聞こえてる? ねえお母さん -
家は貧しく、花はいつもひとりぼっちでした。ある日、好きな男と暮らすといって家を出て行った母。母らしいところは何ひとつなかった母に、それでも花は 「ねえお母さん - 」 と語りかけずにはいられません。母を、心から憎むことができません。
この本を読んでみてください係数 85/100
◆川上 未映子
1976年大阪府大阪市生まれ。
日本大学通信教育部文理学部哲学科入学。(1996年)
作品 「乳と卵」「ヘヴン」「わたくし率 イン 歯-、または世界」「先端で、さすわ さされるわ そらええわ」「すべて真夜中の恋人たち」「愛の夢とか」「夏物語」他多数
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