『てとろどときしん』(黒川博行)_書評という名の読書感想文
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最終更新日:2024/01/14
『てとろどときしん』(黒川博行), 作家別(か行), 書評(た行), 黒川博行
『てとろどときしん』黒川博行 角川文庫 2014年9月25日初版
副題は 「大阪府警・捜査一課事件報告書」 全部で6編の黒川博行初の短編集です。
大阪の町を舞台に、一見単純に思える事件や犯罪の裏に隠された特殊な事情や動機を、地道な捜査の末に探り当てる現場刑事が主役の痛快警察小説です。
第一話『てとろどときしん』は、タイトル通りフグの毒にまつわる話。
大阪府警の二人の名物刑事、黒川小説ではおなじみの黒マメコンビが単なる中毒死か巧妙に仕組まれた殺人かに迫ります。
まずは二人の紹介。他の作品でもちょくちょく顔を出す準レギュラー級の役者です。
マメちゃん、フルネームは亀田淳也。30歳手前で既婚者。童顔、色黒で背が低く、ころころとした体形から皆は彼を「マメダ」と呼びます。「豆狸」と「亀田」のひっかけ。
黒さん、こと黒木憲造巡査部長。36歳、独身。梅田まで歩いて15分という地の利と、2DKで家賃が月々4万円の独身用住宅で侘しくも怠惰に暮らしています。
賭け事と酒をこよなく愛し、私生活には語るべきものもない、およそ警察官らしからぬ二人です。
さらにその外見と関西弁丸出しのアホな会話からはとても想像しにくいのですが、実はこの二人見た目とは違いタフで優秀な刑事なのです。
特にマメちゃんは、たとえ担当外の事件であっても休日返上で訊き込みに没頭するような、探偵顔負けの粘りと推理力の持ち主です。
中毒事件で店を畳んだ料理店のあとにできたカフェバー風レストランの支配人がつぶれた店の仲居だったことを発端にして、ここでもマメちゃんの探偵魂は遺憾なく発揮されます。
第二話「指環が言った」は、殺人を犯した飯場暮らしの日雇労働者・福島浩一が追い詰められ、ついに自白に至るまでの訊問のテクニックが読みどころ。
第三話「飛び降りた男」は、盗みに入られ大怪我をした被害者の男が、実はとんでもない悪党でしたという話。吉永誠一刑事の愛妻デコちゃんが愛嬌溢れる魅力的な女性です。
第四話「帰り道は遠かった」は、タクシー強盗と不倫の話。第一話に続き黒マメコンビの登場です。
第五話「爪の垢、赤い」は、あとがきによると犯人当てクイズを依頼されて書いた話だそうです。犯人が分かりやすいものをと頼まれたにしては低い正解率だったようです。
第六話「ドリーム・ボート」は、捜査の過程よりも、むしろどこまでも男運の悪い女の生き様を描いた話。
黒川博行の主戦場は言うまでもなく長編小説ですが、短編もまた趣向が凝らしてあり面白い読み物になっています。
この短編集は『破門』での直木賞受賞が契機で、2003年に出た講談社の文庫版が本年角川文庫で再び新装されたものです。
単行本となると1991年ですので今から23年も前のことになりますが、時代の違和感も気にすることなく読めて古さを感じません。
あとがきも講談社文庫と今回の角川文庫の両方が読めて、ちょっと得した気分です。
この本を読んでみてください係数 85/100
◆黒川 博行
1949年愛媛県今治市生まれ。6歳の頃に大阪に移り住み、現在大阪府羽曳野市在住。
京都市立芸術大学美術学部彫刻科卒業。妻は日本画家の黒川雅子。
スーパーの社員、高校の美術教師を経て、専業作家。無類のギャンブル好き。
作品 「二度のお別れ」「雨に殺せば」「キャッツアイころがった」「カウント・プラン」「疫病神」「文福茶釜」「国境」「悪果」「破門」「後妻業」他多数
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