『僕の神様』(芦沢央)_書評という名の読書感想文

『僕の神様』芦沢 央 角川文庫 2024年2月25日 初版発行

あなたは後悔するかもしれない。第一話で読むのをやめればよかった、と。

教室に浸透する噂と呪い - 。神さま水沢くんが導く真相とは? ラスト、せつなさ迫るミステリ

「知ってる? 川上さん、親に殺されたらしいよ」 僕が通う小学校で広がった、少女の死の噂話。川上さんは父親から虐待を受けていたが、先生からは彼女は転校したと聞かされていた。しかも彼女の怨念が図書室の 「呪いの本」 に込められたという怪談にまで発展する。日常のいろいろな謎を解決し、僕が 「神さま」 と尊敬する水谷くんは、噂の真相と呪いの正体に迫るが・・・・・・・。ラストで世界が反転する、せつないミステリー。(角川文庫)

桜散る川沿いに佇む一人の可憐な少女 - 淡く儚げな表紙の絵に騙されてはいけません。この物語に主に登場するのは小学生ですが、その年頃の、「子供の話」 が書いてあるわけではありません。そうと見せかけて、実は 「大人にこそ読んでほしい」 と思う話が書いてあります。

本書は四話+エピローグからなる連作集だ。春に始まり、季節を一巡りして、春で終わる。物語の語り手は、小学五年生の 「僕」 だ。

第一話は、桜の塩漬けの瓶を 「僕」 が落としてしまう場面から始まる。それは前年の夏に心臓発作で急逝した祖母が、祖父のために作り置いていたものだった。毎年、桜茶を飲むのを楽しみにしていた祖父。どうしよう、とうろたえる 「僕」 の頭に浮かんだのは、みんなから 「神さま」 と呼ばれている水谷くんだった。

そもそも 「僕」 は、水谷君と見つけた捨て猫に牛乳をあげようと、祖父の家に取りに行ったのだ。水谷君は捨て猫と一緒に 「僕」 を待っている。さぁ、ここから、「神さま」 の水谷くんが、どうやって “ダメになった桜の塩漬け問題“ を解決していくのか。

芦沢さんが凄いのは、こんな短い物語の中に、ちゃんと 「謎」 と 「謎解き」 を盛り込んで、きっちりとミステリにしているところだ。それも、思わず、あ! と思ってしまうような。

以降の話でも、真ん中にあるのは 「謎」 で、「謎解き」 をするのは水谷くんなのだが、「僕」 が祖父を思い遣る気持ちに、ほんわりとした温もりを感じていると、第二話ではいきなりヘビーな展開が待ち受けている。「僕」 と水谷くんの同級生である川上さんという女子の登場で、一気に物語の重みが増すのだ。

第二話で描かれるのは、「神さま」 である水谷くんの “限界“ だ。「山野さんのリコーダーがなくなったときも、クラスで飼っていたハムスターがかごから逃げ出してしまったときも、学芸会のためにみんなで作った幕が汚されていたときも」、「真相を推理して解決してきた」 水谷くんでさえ、力が及ばないことが描かれる。(解説より)

※物語の後半、水谷くんはナチスについてこんな言葉を語ります。殺したりなんかしたくなかったから、たくさん殺すことになったんだ - と。彼は何を思って、この言葉を口にしたのでしょう? 著者が書く作品のどれもが、優しいだけで終わる話ではありません。この話も同様で、それが最後にわかります。 

この本を読んでみてください係数 80/100

◆芦沢 央
1984年東京都生まれ。
千葉大学文学部史学科卒業。

作品 「罪の余白」「許されようとは思いません」「いつかの人質」「悪いものが、来ませんように」「火のないところに煙は」「夜の道標」「汚れた手をそこで拭かない」他多数

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