『ヘヴン』(川上未映子)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/13 『ヘヴン』(川上未映子), 作家別(か行), 川上未映子, 書評(は行)

『ヘヴン』川上 未映子 講談社文庫 2012年5月15日第一刷

「わたしたちは仲間です」- 十四歳のある日、同級生からの苛めに耐える「僕」は、差出人不明の手紙を受け取る。苛められる者同士が育んだ密やかで無垢な関係はしかし、奇妙に変容していく。葛藤の末に選んだ世界で、僕が見たものとは。善悪や強弱といった価値観の根源を問い、圧倒的な反響を得た著者の新境地。(講談社文庫解説より)

平成21年度芸術選奨文部科学大臣新人賞、第20回紫式部文学賞受賞作品です。

発売前からえらく話題になった小説だったようですが、残念ながら、私は当時のことをほとんど知りません。それより何より川上未映子という人をよく知りません。何となく名前だけは知っていたくらいで、初めてしっかり読みました。

いわゆる「いじめ」を題材にした小説なら私もそれなりに読んでいますが、これはちょっと別格です。読んだらすぐに分かります。いじめの実態を描きながら、実はいじめを語っているのではないのです。

たまたま朝日新聞のインタビュー記事を見つけました。そこで川上未映子はこんなことを言っています。

「いじめがテーマというより、ある出来事を通じて価値観を検証したかった。犯罪だと客観的に悪とされるが、いじめなら善悪の根源を問いかけられるのではないか、と。毎日、価値判断を下している倫理に働きかけるテーマを選んだんです」

いじめなら善悪の根源を問いかけられる - とは具体的にどういったことなのでしょうか。

この小説には2人の「いじめられる」人物が登場します。一人は、主人公の「僕」です。「僕」は14歳で中学2年生。斜視で、学校ではそれはそれはひどいいじめに遭っています。

いじめる側の中心は二ノ宮。彼はクラスの中心的存在で、スポーツ万能、成績優秀、端正な顔つきで女子にも人気があり、教師でさえ一目置いているような存在です。「僕」と二ノ宮は同じ小学校の出身ですが、いつの間にかいじめる側といじめられる側になっています。

いじめに遭っているもう一人の人物が、同じクラスの「コジマ」。ある日、「僕」は〈わたしたちは仲間です〉という手紙をもらいます。その送り主が「コジマ」で、2人は教室での密やかな文通を通して少しずつ心を通わせていきます。

「コジマ」は、汚い身なりで、貧乏だと思われているせいでいじめられています。しかし、彼女が汚い身なりをしているのは、母親と離婚して今も苦しい生活をしている父親のことを忘れないでいるための「しるし」だったのです。

「コジマ」は、〈明確な意思〉を持った上でいじめを受け入れています。いじめを受け入れることには意味があり、耐えた先には、耐えなければたどり着けないような場所やできごとが待っている。そう信じて、甘んじていじめを受け入れているのです。

「コジマ」は、「僕」にその道理を伝えます。彼女は「僕」に対して「わたしは、君の目がとてもすき」だと言います。斜視こそが「僕」の大事な「しるし」であり、「君そのものなんだ」と囁きます。その揺るぎのない、信仰にも似た「コジマ」の囁きに、「僕」はただ圧倒されるばかりです。

この「コジマ」の心情に対して、全く違う考え方を示すのが百瀬というクラスメイトです。百瀬は二ノ宮の取り巻きではないのですが、「僕」がいじめに遭う場面には必ず居合わせて、やや遠巻きに事態を静観しているような人物です。

「僕」が百瀬に詰め寄る場面があります。「僕」は、なぜ何もしていない人間をいじめるのかと百瀬に問うわけですが、そもそも彼は自分が加担しているいじめには何の意味も感じてはいないのです。「僕」には、百瀬の言うことがまるで理解できません。

「すべてはたまたまでしかないのだ」と言い、「弱いやつらは本当のことには耐えられない、苦しみとか悲しみとかに、それこそ人生なんてものにそもそも意味がないなんてそんなあたりまえのことにも耐えられないのだ」と言います。

「権利があるから、人ってなにかをするわけじゃないだろ。したいからするんだよ」という言葉に続けて、「僕」が最も気にしている斜視について、それがいじめを受けている決定的な要因ではないと言います。たまたま「僕」がそこにいて、たまたまいじめる側のムードと一致しただけのことで、斜視であるかないかなどは何程のことでもないと言うのです。

「コジマ」の揺るぎない信念と希望、百瀬の冷徹極まりない論理 - そのどちらにも共感できないでいる「僕」。違和感の正体こそ分からないものの、おそらく、与えられるだけの倫理や観念といったものだけではどうにもならないということを「僕」は薄々感じ始めています。
・・・・・・・・・・
何より見事に感じたのは、著者である川上未映子と物語の当事者たちとの距離感です。誰に与することなく、等しい間隔で、あくまで平衡であろうとする姿勢が全編を貫いています。

その上に立って、読み手である私たちに向かって「何が善で、何が悪なのか。誰が本当に強くて、誰が弱い人間なのか」という、実に難解な問いかけがなされるのですが、そこにはもはや幼い中学生の姿はありません。彼らはおしなべて、思弁豊かに倫理を語る、若き哲学者へと姿を変えています。

この本を読んでみてください係数 85/100


◆川上 未映子
1976年大阪府大阪市生まれ。
日本大学通信教育部文理学部哲学科在学中。

作品 「わたくし率 イン 歯-、または世界」「乳と卵」「先端で、さすわ さされるわ そらええわ」「すべて真夜中の恋人たち」他

関連記事

『猫を拾いに』(川上弘美)_書評という名の読書感想文

『猫を拾いに』川上 弘美 新潮文庫 2018年6月1日発行 誕生日の夜、プレーリードッグや地球外生

記事を読む

『ブルー ハワイ』(燃え殻)_書評という名の読書感想文

『ブルー ハワイ』燃え殻 新潮文庫 2026年4月1日 発行 特別じゃないあの日の記憶が、い

記事を読む

『僕らのごはんは明日で待ってる』(瀬尾まいこ)_書評という名の読書感想文

『僕らのごはんは明日で待ってる』瀬尾 まいこ 幻冬舎文庫 2016年2月25日初版 兄の死以来、人

記事を読む

『断片的なものの社会学』(岸政彦)_書評という名の読書感想文

『断片的なものの社会学』岸 政彦 朝日出版社 2015年6月10日初版 「この本は何も教えてくれな

記事を読む

『ボダ子』(赤松利市)_書評という名の読書感想文

『ボダ子』赤松 利市 新潮社 2019年4月20日発行 あらゆる共感を拒絶する、極

記事を読む

『ウィステリアと三人の女たち』(川上未映子)_書評という名の読書感想文

『ウィステリアと三人の女たち』川上 未映子 新潮文庫 2021年5月1日発行 大き

記事を読む

『殺人依存症』(櫛木理宇)_書評という名の読書感想文

『殺人依存症』櫛木 理宇 幻冬舎文庫 2020年10月10日初版 息子を六年前に亡

記事を読む

『福袋』(角田光代)_書評という名の読書感想文

『福袋』角田 光代 河出文庫 2010年12月20日初版 私たちはだれも、中身のわ

記事を読む

『燕は戻ってこない』(桐野夏生)_書評という名の読書感想文

『燕は戻ってこない』桐野 夏生 集英社文庫 2024年3月25日 第1刷 女性の困窮と憤怒を

記事を読む

『白い衝動』(呉勝浩)_書評という名の読書感想文

『白い衝動』呉 勝浩 講談社文庫 2019年8月9日第1刷 第20回大藪春彦賞受賞作

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『みどりいせき』 (大田ステファニー歓人)_書評という名の読書感想文

『みどりいせき』 大田ステファニー歓人 集英社文庫 2026年2月2

『人・で・なし』 (宮部みゆき)_書評という名の読書感想文

『人・で・なし』 宮部 みゆき 講談社文庫 2026年7月15日 第

『織田作之助コレクション』 (重里哲也 編)_書評という名の読書感想文

『織田作之助コレクション』 重里哲也 編 ちくま文庫 2026年7月

『怖い客』 (矢樹純)_書評という名の読書感想文

『怖い客』 矢樹 純 PHP文芸文庫 2026年7月17日 第1版第

『いい子のあくび』 (高瀬隼子)_書評という名の読書感想文

『いい子のあくび』 高瀬 隼子 集英社文庫 2026年5月30日 第

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑