『このあたりの人たち』(川上弘美)_〈このあたり〉 へようこそ。
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最終更新日:2024/01/09
『このあたりの人たち』(川上弘美), 作家別(か行), 川上弘美, 書評(か行)
『このあたりの人たち』川上 弘美 文春文庫 2019年11月10日第1刷

この本にはひみつが多い。そんな気がする。- 作家・古川日出男 (解説より)
どこにでもありそうな懐かしい場所なのに、この世のどこよりも果てしなく遠い。そこに迷い込んだ者は、やがて奇妙な感動に包まれる。文学の最前線を牽引する作家・川上弘美が創り上げたかつて見たことのない、”短くて長い” 物語。(文春文庫)
第一話 「ひみつ」 は - 白い布が欅の木の下に落ちており、めくると中からこどもがあらわれた。男の子なのだか女の子なのだか、よくわからない。こどもは (わたしの) 家に棲みついた。こどもは男であるらしかった。(続く)
第二話 にわとり地獄
「にわとりをいじめると落ちる地獄でね。大きなにわとりがやってきて、火をはきかけてきたり、つついてきたり、踏みつけてきたりする。それが永劫に続く」
おじさんが言うのを、聞いていた。おじさんはこのあたりでいちばん大きな農家の分家筋の人だった。農家といっても、開発が進んでほとんどの耕作地は売り払い、そこに団地や建売住宅がたくさんできていた。おじさんの庭では山羊とにわとりを飼っていたけれど、本家ではもう誰も農業はせずに、若い者はみんなサラリーマンになって新橋やら品川やらに通っているのだった。
にわとりは十羽ほどいた。とさかの立派なのもいたし、よれよれのもいた。
「強いのが、弱いのをつつく」
おじさんは教えてくれた。つつかれているにわとりを見たくて、いつもじろじろ眺めていたけれど、だめだった。にわとりはちりぢりになって、互いがそこにいるのかどうだか、関心なさそうにみえた。
おじさんは片目がなかった。戦争でなくしたんだと言っていた。義眼がはまっていて、そちらのめだまが動かない。ほら、と言いながら、出してみせてくれたことがあった。大きなビー玉よりももっと大きな球形の、白くにごった色のものだった。
おじさんは義眼をのせた右手をつきだしてきて、
「ほらほら」
と、すごんだ。怖がっているのを知っているのだった。
この前大きな美術館に行ったら、にわとり地獄の絵が飾ってあった。おじさんのでまかせなのかと思っていた。地獄草紙。平安時代。国宝。胸にうろこのある巨大なにわとりが両翼を広げている。
おじさんは時々にわとりをいじめていた。餌を餌箱に入れると、にわとりが群がってくる。わざと邪険に払ったり蹴ったりしていた。機嫌が悪い時には、追いかけまわしておどかしていた。
にわとりはたくさん卵をうんだ。竹の籠におじさんは盛り上げた。もの欲しそうに見ても、一回もわけてくれなかった。卵をうまなくなったにわとりも、おじさんはずっと生かしていた。しめるのが嫌いなんだと言っていた。
死んだにわとりを、裏庭に埋めているのを見たことがある。食べればいいのにと言ったら、自然に死んだのは食べないと、おじさんは言った。
おじさんが今どうしているのか、知らない。中学生になると、おじさんを訪ねなくなって、それきりだ。おじさんの家があったところは、白い小さなビルになって、一階のテナントにはアンティークのお店とケーキ屋が入っている。ケーキ屋は、モンブランがおいしい。
おばあちゃん
事務室
のうみそ
演歌歌手
校長先生
スナック愛
不良
長屋
八郎番
・・・・・・・と、どんどん続く。全部で26の掌編。その町は、よく知るところであるような。ないような。そんな人 (あるいは人ではないなにものか) がいるような、いないような。知らず知らずに話はころころと転がっていきます。
この本を読んでみてください係数 85/100

◆川上 弘美
1958年東京都生まれ。
お茶の水女子大学理学部卒業。
作品 「神様」「溺レる」「蛇を踏む」「真鶴」「ざらざら」「センセイの鞄」「天頂より少し下って」「水声」「どこから行っても遠い町」「大きな鳥にさらわれないよう」他多数
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