『幸福な食卓』(瀬尾まいこ)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/13 『幸福な食卓』(瀬尾まいこ), 作家別(さ行), 書評(か行), 瀬尾まいこ

『幸福な食卓』瀬尾 まいこ 講談社 2004年11月19日第一刷

買ってはみたものの、まったく手に取らないままで10年が経ちました。今さら読む気になるとは思いもしなかったのですが、どういうわけでか読みたくなったのです。

コミックや映画にもなって、えらく評判がいいのは知っていましたし、あたり前ですが、読もうとしたから買ったのですが、ママこういうことがあります。私の本棚には、読み損ねたままの本が結構あるのです。

話は脇道へ逸れますが、高校へ入学してすぐの頃のことです。初めての「地理」の授業のときのこと。担任は沢島という男の先生でした。沢島先生は、今から思うと新任、でなくとも教師になってまだ日の浅い、小柄で、いかにも真面目そうな先生でした。

「自己紹介代わりと言っては何ですが、君たちにひとつアドバイスをしたいと思います。家にあればそれでよし、もしない人は、今日帰ってすぐに親に頼んで本棚を買いなさい」- 沢島先生は、そんなことを言い出します。

「本を読めとは言いません。読まなくていいから、せいぜい本屋通いをして、面白そうだと思った本があれば、なるだけ買うようにしなさい。今読みたい本を買うだけではなくて、いつか読むかも知れないと感じた本を買っておくのです」

そうすれば、必ずその本を手に取るときがやって来ます。読もうと思うときが来るから、それまでは本棚に放っておけばいいのです - 先生はそう言いました。

さすが高校の先生ともなると「らしい」ことを言うもんだ - 当時はその程度で、よく考えてもみなかったのですが、今にして思うと、沢島先生は実に有益な、先を見据えた指導をしてくれていたわけです。それが証拠に、私はこの歳になってもその言いつけをちゃんと守っています。

「父さんは今日で父さんをやめようと思う。」佐和子の父・弘はある朝の食卓で言った。母さんは家を出て、天才と呼ばれた兄・直ちゃんは大学に行かず、突然農業を始めた。戸惑いながら生きる佐和子は、同じ塾に通う大浦勉学と出会う。驚くほど単純な性格の大浦だが、いつしか佐和子にとっては心の支えとなっていた。2人はそろって同じ進学校に合格し高校生活を始める。第26回(2005年)吉川栄治文学新人賞受賞作。(Wikipediaより)

この小説は、ある家族の日常を、中学から高校へと成長していく長女・佐和子の視点から描いた物語です。

中学校の教師だった父親が、ある日突然教師を辞めると言います。教師だけならまだしも、あろうことか、今日を限りに「父親」をやめると宣言します。実はこの父親は、以前自殺をしようしたことがあります。自分の思いと現実の歪みに耐え兼ねて、真面目なあまりに自ら死のうとしたことがあるのです。

母親が家を出たのは、父親が自殺を図った後のことです。自殺を未然に防げなかったこと、その前から思い悩んでいた気配を感じ取ることが出来なかったことで自分を責めて、挙句に一緒に暮らすことが苦痛になって家を出ています。

兄の直は、いつも飄々として、怒らず、興奮せず、どんな困難もさらりと受け流せてしまうような人物です。頭脳はずば抜けて優秀、スポーツもできます。しかし、それはそれだけのこと、その能力を何かに生かすことも、伸ばすために努力することもありません。

「真剣ささえ捨てれば困難は軽減できる」- それが、兄のモットーです。だから、小林ヨシコに出会うまで、直は恋愛を三ヶ月以上続けることもできなかったのです。直は今、「青葉の会」という無農薬野菜を作る農業団体で働いています。

さて、肝心の佐和子ですが、彼女はかつて父親が自殺を図った現場に居合わせて、血塗れの父親や呆けたなりの母親の姿を目の当たりにしています。そして、その記憶を消し去ることが出来ずに苦しんでいます。梅雨時には、佐和子は決まって体調を崩します。

こんな風に書き連ねると、この一家がどれほどの不幸を抱えた家族で、どんなにか暗い話だろうと思われるでしようが、これが意外や意外、実に穏やかで実に和やか、彼らはまるで何事もなかったように暮らしています。彼らの毎日は、むしろコミカルにさえ見えます。

自らの闇は闇としてきちんと承知しつつ、彼らはごくごく普通な日常を送っています。父親は精力的に第二の人生を模索しながら元気ですし、別れて暮らす母親にも一切陰がありません。家族の関係は変わらず良好で、互いが気遣い、気軽に行き来をしています。

直と佐和子には、意中の人物がいます。直は小林ヨシコ、佐和子は大浦勉学に夢中です。互いの仲は徐々に深まり、時は12月末、クリスマスシーズンです。2人は気持ちの籠ったプレゼントの制作に余念がありません。何もかもが、予定通りに過ぎて行きます。

何の問題もなかったのです。毎日は順調すぎるくらいに順調で、あるべきは、緩やかな家族の修復とそれぞれに見出した確かな希望のはずでした。ところが、物語もずいぶん後半になってからのことです。誰もが予期せぬ事態、とりわけ佐和子のそれまでの人生にあっては最も悲劇的で、取り戻し様のない事故が起こってしまうのです。

この本を読んでみてください係数 85/100


◆瀬尾 まいこ
1974年大阪府生まれ。
大谷女子大学文学部卒業。本名は瀬尾麻衣子。

作品 「卵の緒」「図書館の神様」「天国はまだ遠く」「優しい音楽」「戸村飯店 青春100連発」「あと少し、もう少し」「春、戻る」他

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