『幸福な食卓』(瀬尾まいこ)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/04/29 『幸福な食卓』(瀬尾まいこ), 作家別(さ行), 書評(か行), 瀬尾まいこ

『幸福な食卓』瀬尾 まいこ 講談社 2004年11月19日第一刷

買ってはみたものの、手に取らないまま10年が経ちました。今さら読む気になるとは思いもしなかったのですが、何が理由かはわかりませんが、突然読んでみようと。

コミックや映画にもなって、えらく評判がいいのは知っていましたし、あたり前ですが、読もうとしたから買ったのですが、ママこういうことがあります。私の本棚には、読み損ねたままその後手付かずの本が結構あります。

話は脇道へ逸れますが、高校へ入学してすぐの頃のことです。最初の 「地理」 の授業で、担任は沢島という男の先生でした。沢島先生は、今から思うと、新任ではないにせよ教師になってまだ日の浅い、男性にしては小柄の、いかにも真面目そうな人物でした。

「自己紹介代わりと言っては何ですが、君たちにひとつアドバイスをしたいと思います。家にあればそれでよし、もしない人は、今日帰ってすぐに親に頼んで本棚を買いなさい」- 沢島先生は、そんなことを言い出したのでした。

「本を読めとは言いません。読まなくていいから、せいぜい本屋通いをして、面白そうだと思った本があれば、なるだけ買うようにしなさい。今読みたい本を買うだけではなくて、いつか読むかも知れないと感じた本を買っておくのです」

そうすれば、必ずその本を手に取るときがやって来る。読みたいと思うときが来るから、それまでは本棚に放っておけばいいのです - 沢島先生はそう言いました。

さすが高校の先生ともなると 「らしい」 ことを言うもんだ - 当時はその程度で、よく考えてもみなかったのですが、今にして思うと、沢島先生は実に有益な、先を見据えたアドバイスをしてくれていたわけです。それが証拠に、私はその言いつけを忘れず今も守り続けています。

「父さんは今日で父さんをやめようと思う。」佐和子の父・弘はある朝の食卓で言った。母さんは家を出て、天才と呼ばれた兄・直ちゃんは大学に行かず、突然農業を始めた。戸惑いながら生きる佐和子は、同じ塾に通う大浦勉学と出会う。驚くほど単純な性格の大浦だが、いつしか佐和子にとっては心の支えとなっていた。2人はそろって同じ進学校に合格し高校生活を始める。第26回(2005年)吉川栄治文学新人賞受賞作。(Wikipediaより)

この小説は、ある家族の日常を、中学から高校へと成長していく長女・佐和子の視点から描いた物語です。

中学校の教師だった父親が、ある日突然教師を辞めると言い出します。教師だけならまだしも、あろうことか、今日を限りに 「父親をやめる」 と宣言します。実はこの父親は、以前自殺をしようとしたことがあります。自分の思いと現実の歪みに耐え兼ねて、真面目なあまり、自ら死のうとしたことがあったのでした。

母親が家を出たのは、父親が自殺を図った後のことです。自殺を未然に防げなかったこと、その前から思い悩んでいた気配を感じ取ることが出来なかったことで自分を責め、一緒に暮らすことが苦痛になり、家を出て行ったのでした。

兄の直はいつも飄々として、怒らず、興奮せず、どんな困難もさらりと受け流せてしまうような人物で、頭脳はずば抜けて優秀、スポーツもできます。しかし、それはそれだけのことで、その能力を何かに生かすことも、伸ばすために努力することもありません。

「真剣ささえ捨てれば困難は軽減できる」- それが兄のモットーでした。なので、小林ヨシコに出会うまで、直は恋愛を三ヶ月以上続けることもできませんでした。彼は今 「青葉の会」 という無農薬野菜を作る農業団体で働いています。

さて、肝心の佐和子はというと、彼女はかつて父親が自殺を図った現場に居合わせて、血塗れの父親や呆けたなりの母親の姿を目の当たりにしています。そして、その記憶を消し去ることが出来ずに苦しんでいます。梅雨時には、彼女は決まって体調を崩します。

こんな風に書き連ねると、この一家がどれほどの不幸を抱えた家族で、どんなにか暗い話だろうと思われるでしようが、これが意外や意外、実に穏やかで実に和やか、彼らはまるで何事もなかったように暮らしています。彼らの毎日は、むしろコミカルにさえ見えます。

自らの闇は闇としてきちんと承知しつつ、彼らはごくごく普通な日常を送っています。父親は精力的に第二の人生を模索しながら元気ですし、別れて暮らす母親にも一切陰がありません。家族の関係は変わらず良好で、互いが気遣い、気軽に行き来しています。

直と佐和子には、意中の人物がいます。直は小林ヨシコ、佐和子は大浦勉学に夢中です。互いの仲は徐々に深まり、時は12月末、クリスマスシーズンです。2人は気持ちの籠ったプレゼントの制作に余念がありません。何もかもが、予定通りに過ぎて行きます。

何の問題もありません。毎日は順調すぎるくらいに順調で、あるべきは、緩やかな家族の修復とそれぞれに見出した確かな希望のはずでした。ところが、物語もずいぶん後半になってからのことです。誰もが予期せぬ事態、とりわけ佐和子のそれまでの人生にあっては最も悲劇的で、取り戻し様のない事故が起こってしまいます。

この本を読んでみてください係数 85/100


◆瀬尾 まいこ
1974年大阪府生まれ。
大谷女子大学文学部卒業。本名は瀬尾麻衣子。

作品 「卵の緒」「図書館の神様」「天国はまだ遠く」「優しい音楽」「戸村飯店 青春100連発」「あと少し、もう少し」「春、戻る」他

関連記事

『暗いところで待ち合わせ』(乙一)_書評という名の読書感想文

『暗いところで待ち合わせ』 乙一 幻冬舎文庫 2002年4月25日初版 視力をなくし、独り静か

記事を読む

『吉祥寺の朝日奈くん』(中田永一)_書評という名の読書感想文

『吉祥寺の朝日奈くん』中田 永一 祥伝社文庫 2012年12月20日第一刷 彼女の名前は、上から読

記事を読む

『鎮魂』(染井為人)_書評という名の読書感想文

『鎮魂』染井 為人 双葉文庫 2024年5月18日 初版第1刷発行 半グレ連続殺人

記事を読む

『孤蝶の城 』(桜木紫乃)_書評という名の読書感想文

『孤蝶の城 』桜木 紫乃 新潮文庫 2025年4月1日 発行 夜のクラブ、芸能界 - スポッ

記事を読む

『愛なんて嘘』(白石一文)_書評という名の読書感想文

『愛なんて嘘』白石 一文 新潮文庫 2017年9月1日発行 結婚や恋愛に意味なんて、ない。けれども

記事を読む

『綺譚集』(津原泰水)_読むと、嫌でも忘れられなくなります。

『綺譚集』津原 泰水 創元推理文庫 2019年12月13日 4版 散策の途上で出合

記事を読む

『個人教授』(佐藤正午)_書評という名の読書感想文

『個人教授』佐藤 正午 角川文庫 2014年3月25日初版 桜の花が咲くころ、休職中の新聞記者であ

記事を読む

『彼女が天使でなくなる日』(寺地はるな)_書評という名の読書感想文

『彼女が天使でなくなる日』寺地 はるな ハルキ文庫 2023年3月18日第1刷発行

記事を読む

『小島』(小山田浩子)_書評という名の読書感想文

『小島』小山田 浩子 新潮文庫 2023年11月1日発行 私が観ると、絶対に負ける

記事を読む

『赤頭巾ちゃん気をつけて』(庄司薫)_書評という名の読書感想文

『赤頭巾ちゃん気をつけて』庄司 薫 中公文庫 1995年11月18日初版 女の子にもマケズ、ゲバル

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『天使のにもつ』(いとうみく)_書評という名の読書感想文

『天使のにもつ』いとう みく 双葉文庫 2025年3月15日 第1刷

『救われてんじゃねえよ』(上村裕香)_書評という名の読書感想文

『救われてんじゃねえよ』上村 裕香 新潮社 2025年4月15日 発

『我らが少女A (上下)』 (高村薫)_書評という名の読書感想文

『我らが少女A (上下)』高村 薫 毎日文庫 2025年5月10日

『黒猫亭事件』(横溝正史)_書評という名の読書感想文

『黒猫亭事件』横溝 正史 角川文庫 2024年11月15日 3版発行

『一心同体だった』(山内マリコ)_書評という名の読書感想文

『一心同体だった』山内 マリコ 集英社文庫 2025年4月25日 第

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑