『君が手にするはずだった黄金について』(小川哲)_書評という名の読書感想文

『君が手にするはずだった黄金について』小川 哲 新潮社 2023年10月20日 発行

いま最も注目を集める直木賞作家が成功と承認を渇望する人々の虚実を描く 著者自身を彷彿とさせるが、怪しげな人物たちと遭遇する6つの連作短篇集。

才能に焦がれる作家が、自身を主人公に描くのは承認欲求のなれの果て

認められたくて、必死だったあいつを、お前は笑えるの? 青山の占い師、80億円を動かすトレーダー、ロレックス・デイトナを巻く漫画家・・・・・・・。彼らはどこまで嘘をついているのか? いま注目を集める直木賞作家が、成功と承認を渇望する人々の虚実を描く話題作! (新潮社)

対極としたい存在との僅かな交点から拡がる宇宙。大好物の小説です。」 (朝井リョウ

悲しいかな、読み出して、最初私はこの小説にあるいくつかの短篇がどこでどう繋がっているのか、よくわかりませんでした。話の内容はバラバラで、どこが連作なんだと、訝りながら読んでいました。朝井リョウのようにはいきません。

でも大丈夫。段々と気づくのですが、書いてあるのは、案外わかりやすい、人の心のあり様とその赴くところの現実が、いくつか例を挙げて示されています。問題は - それが 「僕」 にとってはどうなのか、まるで他人事として無視していいのかどうか、ということだろうと。・・・・・・・ そこが難しい。

目次 - 新潮社特設サイトより

プロローグ試し読み全文公開)  大学院生の 「僕」 は就職活動のエントリーシートで手が止まった。「あなたの人生を円グラフで表現してください」 僕はなんのために就職するのだろうか? そこに何を書くべきなのか、さっぱりわからなくなった僕に、恋人の美梨は言う。「就職活動はフィクションです。真実を書こうとする必要はありません」

三月十日  東日本大震災から3年後の3月11日、僕は高校の同級生たちと酒を飲んだ。あの日、どこで何をしていたかーー誰もが鮮明に覚えているのに、前日の3月10日については、ほとんど覚えていない。僕はその日、何かワケあって二日酔いになるほど飲んでいたらしいのだが・・・・・・・失われた一日の真相とは?

小説家の鏡  博士課程に進み小説家になった僕に、高校時代の友人西垣から相談が持ち掛けられた。「妻が小説を書きはじめ、仕事を辞めて執筆に専念したい」 と言い出したという。しかも青山の占い師のお告げに従って。友の頼みとあって、インチキを暴こうと占い師に接近する僕に、思いもかけない 「その瞬間」 が訪れる。  

君が手にするはずだった黄金について  片桐は高校の同級生。負けず嫌いで口だけ達者、東大に行って起業すると豪語していたが、どこか地方の私大で怪しい情報商材を売りつけていたらしい。それが今や80億円を運用して六本木のタワマンに住む有名投資家。ある日、片桐のブログはとつぜん炎上しはじめ、そんな中で僕は寿司屋に誘われる・・・・・・・。

偽物  新幹線のグリーン車で偶然再会したババリュージという名の漫画家。人の良さそうな痩せた男で、僕は彼に好意をもっていたのだが、一緒にいた轟木は正反対のことを言う。「あいつはヤバい奴だね。偽物のロレックス・デイトナを巻いているから」。他人を見た目で判断するなよ。いや、かくいう僕はどうなんだ?

受賞エッセイ  僕は31歳になり、山本周五郎賞最終候補の報せを受けた。だがその日、僕は不思議な電話を度々受けることになる。「アメリカのデパートで買物をしましたか? 」。そして見知らぬ番号からの電話に折り返すと、「どちらの小川さまですか? 」 僕はどちらの小川なのだろう。そもそも僕は何者なのだろう?

※片桐が手にしたかったのは、いったい何だったのか。彼は、どこで間違えたのか。あるいは、彼には端から成功する気などなかったのかもしれません。それを承知で、それでも彼が望んだのは? 

では -

「僕」 はどうなのか? 「僕」 は、少なくとも “承認欲求を満たす“ ために小説を書いているわけではありません。

この本を読んでみてください係数 85/100

◆小川 哲
1986年千葉県生まれ。
東京大学大学院総合文化研究科博士課程退学。

作品 「ユートロニカのこちら側」「ゲームの王国」「嘘と正典」「地図と拳」「君のクイズ」等

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